ボレロ - 第二楽章 -

12. suffocato スッフォカート (息をつめたような) 



窓から見える風景に変わりはないとわかっていながら、気がつくと外へと視線

を向けていた。

数日前と違いがあるとすれば、葉の色づきに深みが加わったくらいで、葉色より

ほかの情報を見つけ出すことは困難だった。

本館から離れて建てられた別館は何棟かあり、一棟に一組の宿泊客という贅沢

な造りになっている。

一棟ごとにプライベートガーデンがあり、それぞれに趣の異なる庭がしつらえら

れているらしい。

私がいる棟から見える庭には、今を盛りと紅葉が見事な木々が植えられており、

道を挟んだ向こう側の棟には多種多様な花々に囲まれた庭が垣間見えた。

その奥の庭も見えないものかと、さらに身を乗り出そうとした私に、背後から

女性の冷たい声がした。



「中へお入りください」


「お庭を見るくらい、かまわないでしょう」


「お入りください」



二度目の強い口調に、仕方なくデッキから向きを変え部屋の中へ入った。


棚から読みたくもない本を一冊取り出し、ソファに身を沈めページをめくる。

文字を追う振りをしながら、頭の中では昼に実行するための作戦を考えていた。

今朝は浴室から持ち出した入浴剤の袋を、残したスープの下に沈めた。

ランチの皿には何を入れたらいいだろう……

そうだ、爪用のやすりなら目立たないはず。

思いつきに頬が緩み、本を置くとすぐに洗面所に向かった。

アメニティグッズが並ぶケースから 『NAIL FILE』 の袋を抜き出し上着の

ポケットに忍ばせる。

祈るようにポケットの中のそれを握り締め、何事もなかったように、またソファ

に腰掛けた。




ここへ連れてこられて五日がたっていた。

囚われの身としては仕方のないことだが、取り立ててすることもなく一日が過ぎ

ていく。

ホテルの敷地であることはわかるものの、どこに存在しているのか皆目わから

なかった。

上階のスイートルームなら、見渡す風景から所在地を探り当てることもできるの

だろうが、木々に囲まれた別館は、それ自体が世間の騒音から離れて過ごす

ための場所であるため、見当をつける建物など目に入らず、完全に外界から

隔離されている。


私が目にできるのマスメディアはテレビと新聞のみ。 

パソコンはもちろん電話やファックスのたぐいもなく、ホテルの部屋なら常備

されているはずの筆記道具や、便箋さえも見当たらない。

外への連絡手段となるものは、この部屋から一切取り払われていた。

新聞はくまなく読むがテレビを見る気はせず、この二日ほどは棚に並べられた

本を手に過ごすことが多くなっていた。



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