ボレロ - 第二楽章 -


「昨日は遅かったみたいね」


「そんなことないわ、12時前には帰ってきたはずよ」


「いいえ、もう少し遅かったでしょう」


「そうだったかしら」


「この頃帰りが遅いわね。昨夜はどなたと?

櫻井さんがご一緒ではなかったわね」



朝食のテーブルにつくと、待っていたように母が口を開いた。

櫻井さんを口実にとの考えは母にあっさり否定され、他の理由を急いで探した。



「……お友達よ」


「だから、どなたとお会いしたの」



朝食の席ではじまった小言にうんざりした。 

ただでさえスッキリしない朝を迎えたというのに、余計に気分が滅入ってくる。

いつものことだと軽くいなしていたが、今朝に限って追及の手を緩めない。



「子どもじゃないのよ。お母さまにすべてを報告する必要はないでしょう」


「昨夜、櫻井さんがいらっしゃったのよ。

事件のあとも、ずっとお力を貸してくださって。 

それなのに、あなたときたら帰ってこないから」


「櫻井さんがいらっしゃるなんて知らなかったもの。

勝手に待たれても困ります。 

櫻井さんは、お父さまにご用でいらしたんでしょう? 私には関係ないわ」


「関係ないことはないでしょう。

元はといえば、あなたが関わったことじゃありませんか」



櫻井さんから 「これ以上のお付き合いは、互いのためになりませんね」 と、

距離を置く言葉をもらった。



「あなたの手を引いたのは僕なのに、気持ちまでは連れて行けなかった

ようだ……」



新年を迎えてまもなく食事に誘われた席で、櫻井さんから気持ちを伝えられた。

事件のさなか、出張先へ向かわなければならなかった宗は、櫻井さんに私の

救出を託したのだった。



「あの非常事態で、あなたをほかの男の手に託すなど、

よほどの自信がなければできない。

僕には近衛さんのような決断は無理だな。

そう思った時点で、負けは決まっていましたね」


「櫻井さんが助けてくださったから、私はこうしていられるんです。

勝ち負けではなく……どうお伝えしたらいいのでしょう」


「もう、ずっとまえからわかっていたことなのに、僕は認めようとしなかった。

決定打を目の当たりにして、やっと……

最後くらい潔くさせてください。ご両親には僕からお話します」



それが、昨夜の櫻井さんの訪問の意味だったのだろう。

約束どおり、両親に伝えてくれたようだ。



「櫻井さん、珠貴さんには、もっとふさわしい方がいらっしゃるのでと、

そうおっしゃったのよ。 

あなた どなたか他の方と……」


「言葉のあやでしょう。お母さまの気にしすぎです」



母の話が終わらぬうちに言葉を重ね、話をたたみこんだつもりが、それにして

もお友達と会うにしては帰宅が遅すぎると、なおも食い下がってくる。



< 198 / 287 >

この作品をシェア

pagetop