ボレロ - 第二楽章 -


話を聞いた三宅会長は、近衛さんに申し訳ないと、私とすでに他界している

祖父へ何度も侘びを口にして謝り続け、君が困ったことがあったらいつでも

相談してほしい、必ず力になるからと約束してくれたのだった。



「珠貴のお父さんに反対されたら、三宅会長の力を借りるか。 

あの人の言うことには、うんと言わざるを得ない影響力がある人だよ」  


「私……嫌だわ」


「どうして」


「だって、彼女に借りを作るみたいでしょう。絶対に嫌ですから」



頬を膨らませながら不快感をあらわにする珠貴の顔は理美への嫉妬を含み、

なんとも愛らしくみえた。

笑い飛ばす私に 「冗談じゃないのよ。本当に嫌なの」 となおも続く言葉を

聞いていると爽快な気分になってきた。

怒りにまかせるように珠貴の運転は乱暴になり、山道のカーブをかなりの

速度で駆け抜けていく。

もっとおとなしく運転してくれよと言いながら、私もスピード感を楽しんで

いた。





「ついたわ。ここよ」


「ここって、どこにあるんだ?」


「ほらあそこ。林の中よ」



木立にまぎれるようにテーブルが配置され、よくよく目を凝らすとすでに

数組の先客がいた。

知る人ぞ知る森のレストランだと珠貴が得意げに話してくれたが、それは

おおげさではなかった。

本格的なフレンチを出す森のレストランは、席が屋外ということもあり

早朝からランチまでの営業で、おかわり自由のパンは、オーナーの兄弟が営む

近くのパン工房から焼き立てを運んでくるということだった。



「雨の日はどうするのかな」


「小雨ならテントが張られるの。土砂降りのときは休業よ」


「そんな天気任せの商売が、よく成り立つものだな」


「それができるのよ。だからここを知る人は天気予報とにらめっこなの。

局地予報をみてからやってくるのよ」


「ふぅん。じゃぁ、今朝は珠貴もその予報を見て来たんだ」


「もちろんよ」



いくつめかのパンに手を伸ばしながら、珠貴との会話は途切れることが

なかった。



「美味しいね、スープも最高だよ」 


「ランチもここでいただいていきましょうよ」 



食べたばかりだというのに、もう昼の算段をしている。

近くに渓流があり遊歩道も整備されているので、歩くうちにお腹もすくで

しょうからというのが珠貴の提案だった。



「もう顔をしかめなくなったわね。

これからは、美味しいお料理と私の顔を思い出してね」


「うん?」


「ここの蝉しぐれ、朝からすごいでしょう。

話ができないくらい鳴くんですもの」


「そういえば……」



苦い思い出とセットになっていた夏の声は、いつしか邪魔にならないBGMに

なっていた。



「ここにきて良かった。ありがとう……」


「どういたしまして」


 
屈託のない珠貴の返事が心地よかった。

降りしきる雨のように木々から蝉の声が降り注いでいたが、私たちの会話は

いつまでも続いていた。 





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