後宮に売り飛ばされたら皇女を押しつけられました

「アイラだったか、頼みがある」

 剣の稽古から戻ろうと急ぎ足に中庭を歩いていると、背後から声をかけられた。

 素性を知られるわけにいかないから、皇女宮に戻ってからは常に不細工メイクだ。ずり落ちた太い縁の眼鏡を元の位置に戻しながら振り返るとダーシーが立っている。

「……何でしょう、ダーシー様」
「皇女殿下にお目にかかりたいのだが」
「エリーシャ様は……」

 どう返したものか、しばらくの間アイラは迷った。

「いや、婚約者としての面会をもとめているわけではないのだよ。我が家の使用人たちの記憶が戻ってきたのでね」

「……それはよかったです」

 レヴァレンド侯爵家の使用人たちは、セシリー教団の手によって殺され、死体を操られ、あるいは生きたまま意志を失って従わされていた。

 ダーシーが保護されるのと同時に遺体は皇宮内の魔術研究所に運び込まれ、生存者たちもそちらで手当を受けていたのである。

「ダーシー様の記憶は、戻ってきたのですか?」
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