後宮に売り飛ばされたら皇女を押しつけられました
 もし、皇宮内に侵入者がいるのなら部屋の出入口より奥の方がいい。アイラはエリーシャを書棚の間に押し込め、ベリンダが敷物を寄せてむき出しになった床に素早く父の寄越した魔方陣を描く。

「――これは」

 アイラの書いた魔方陣を見たベリンダが目を見張った。

「どうしました?」

 いざとなれば、エリーシャをベリンダに託すしかないのだろうとアイラは悲壮な決意を固めた時、図書室の扉が大きく開かれた。

「あらあ、ジェンセンはここにいないの?」
「ユージェニー・コルス!」
「久しぶりね、アイラ。あの時の怪我はよくなったようで何よりだわ。それと皇女殿下、ごきげんよう」

 ユージェニーはエリーシャに向かって妖艶な笑みを投げかける。八十を過ぎているとは思えないほど若々しくて、豊かな胸が魔術師のローブを押し上げるようにして存在感を主張している。

 魔方陣の上にいなかったのは失敗だった。アイラの背中を冷たいものが流れ落ちる。アイラはスカートから短剣を取り出すと、エリーシャを背後にかばった。

 ユージェニーの口角が緩やかに上がって、微笑みを形作る。それから彼女は右手を上げると、ぱちりと指を鳴らした。
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