さよならの魔法



(今頃、チョコ………作ってるのかな。)


エプロンをして。

腕捲りをして。


張り切っている茜の姿が、頭に浮かぶ。



俺の様子がおかしいことに、茜は気付いていたはずだ。

俺達の間を流れる空気が微妙なものへと変化していることも、分かっているはず。


それでも、茜だけは変わらなかった。

茜は変わらず、俺に尽くしてくれた。

たくさんの愛をくれた。



クリスマスには、プレゼントを準備してくれていた。

悩んだ挙げ句、何も買えなかった俺とは違って。


お正月には、年賀状だって送ってくれた。

可愛いシールをいっぱい貼って、既製品じゃなく、手書きで書いてくれた。



いつだって、俺のことを考えてくれる茜。

いじめのことは見て見ぬフリをしても、俺のことだけは誰よりも考えてくれる彼女。


そんな茜が、バレンタインにチョコレートを作らないとはどうしても思えない。



明日は確実に、チョコレートを渡される。

その時が来る。


その時、俺はどうするんだろう。

その時、俺はどんな顔をするんだろう。



茜が真心込めて作ってくれたチョコレートをもらう資格なんて、俺にはないのに。


茜のことを、心のどこかで軽蔑しているかもしれない俺には。

茜のことを、受け入れられない俺には。



いっそのこと、作ってくれていない方がいい。

俺の為なんかに、チョコレートなんて準備してくれなくていいんだ。


まだもらってもいないチョコレートのことを思って、耽る夜。



(贅沢な悩みなのかな、これって。)


憂鬱な気分を乗せ、夜風が山を吹き抜けていく。


明日は、2月14日。

バレンタインデー。


その日に何が起こるかなんて知らない俺は、布団の中で静かに目を閉じた。



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