さよならの魔法



理屈じゃない。

自分では、どうにもならない。


付き合い始めたばかりの頃。

楽しかったあの頃には、もう戻れない。


俺の中で、結論が出てしまっている。



動かない心は、どうにも動かせない。


自分でも。

他の誰でも、もう動かすことは叶わない。


自嘲気味に笑う俺に、矢田は困った顔をした。



「まー、明日はバレンタインだ。」

「そうだったな………。」

「茜ちゃんもチョコ、準備してるだろ。仲直りしとけよー?」


茜のチョコ。

あの茜が作る、俺だけの為のチョコレート。


俺に、受け取る資格はあるのか。

受け取るだけの気持ちはあるのか。



手を振りながら、矢田が道の向こうに消えていく。

ガチャピンと同じ色の、黄緑色のマフラーを首に巻いて。


俺は家の門の前で、遠ざかる矢田の背中をぼんやりと見つめていた。









シャワーをサッと浴び、夕食を口の中へと掻き込む。

もっとゆっくり食べなさいと苦言を漏らされ、一言だけ謝ったりして。


両親との話もそこそこに、自分の部屋へと舞い戻った。



「俺が言うことじゃないかもしれないけど、仲良くしろよ?」

「………。」

「茜ちゃんはいい子だぞ。茜ちゃんは………お前のこと、ほんとに好きなんだよ。」


頭の中では、矢田の言葉がリフレインしてる。

繰り返し繰り返し、俺の脳裏に蘇る。



「………。」


考えるだけで、気分が重くなる。

重石を乗せた様に、どんどん重くなって落ちていく。


彼女のことを考えて、重くなる。

おかしな話だ。



だって、茜は、俺の彼女。

告白してきたのは茜の方からだったけど、付き合うと決めたのは俺だ。


好きだから、付き合ってる。

好きになりたかった。

俺のことを想ってくれる茜のことを、好きになろうと………そう思ってた。



現実は違う。

俺の予想とは違う方向へと、面白いくらいに転がっていく。


どうすればいい?

萎んでしまったこの気持ちを、どう持ち直せばいいんだ。


最近は別れることばかりを考えてるなんて、誰にも言えない。



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