さよならの魔法



この町の冬は厳しい。

北国にも負けず劣らずの冷気が、町全体を包み込む。


侮っていれば、すぐに体調を崩すのがオチ。

外はすごく寒いだろうから、真っ黒なハーフコートも上から羽織る。



通学用の使い慣れたバッグの中には、チョコレートを忍ばせてある。


昨日、橋野さんの家で作ったチョコレート。

世界に1つだけの、私の気持ちの全てを詰め込んだチョコレート。


ちらりと見えた包みを見て、勝手に心臓が騒ぎ出す。




ドキン。

ドキン、ドキン。


何を緊張しているの?

何にドキドキしているの?



恋を叶える為に、私はこのチョコレートを作ったんじゃない。

恋を終わらせる為に、このチョコレートを作ったのだ。


捨てきれない恋を終わらせる決心をしたからこそ、紺野くんにチョコレートを作った。



それなのに、どうして。

どうして。


こんなに胸が騒ぐの?

こんなに心臓がうるさいの?



そっか。

分かってしまった。


きっと、初めてだからだ。



恋をするのも初めてなら、バレンタインにチョコレートを渡すのも初めてのこと。

誰かの為にチョコレートを作ったことなんて、今までなかった。


チョコレートを渡して、告白をするのも初めてなんだから。



付き合いたいから、想いを伝えるんじゃない。

恋を実らせたいから、気持ちを告げるんじゃない。


恋を終わらせる為に想いを伝えるのだとしても、この気持ちを告げることに変わりない。




(言えるかな………。)


意気地なしの私に、告白なんて出来るのだろうか。

磯崎さんにさえ何も言えずにいる私が、告白なんて出来るのだろうか。


何も言えなかったら、どうしよう。

チョコレートを渡すだけで終わってしまったら、どうしよう。


そう思って、念の為にカードを書いておいた。



言える自信がない。

全てを上手く伝える自信がない。


タイミングが合わなければ、直接渡すことさえ出来なくなるだろう。



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