さよならの魔法
「………っ。」
渡せない。
今はまだ、渡せない。
彼女が目の前にいるのに、紺野くんにチョコレートなんて渡せない。
話があるからなんて、紺野くんを連れ出すことも出来ない。
渡せないよ。
増渕さんの前でなんて、渡せる訳ないじゃない。
チョコレートが、バッグの奥に沈んでいく。
奥へ奥へと隠して、誰にも見つからない場所まで押し込める。
それから、何度となく、チャイムの音を聞くこととなった。
キーンコーン、カーンコーン。
授業の始まりを知らせる、チャイムの音。
授業の終わりを告げる、チャイムの音。
昼休みの時間を教えてくれる、チャイムの音。
チャイムの音が何度流れても、私は自分の席から動けないままだった。
1歩もそこから動けずに、座ったままだった。
渡したい。
渡さなきゃ。
気ばかりが焦って、実際に踏み出すとなれば躊躇ってる。
前へと踏み出せない。
自分の席から立ち上がれない。
意気地なしの自分。
勇気のない自分。
大嫌いな自分ばかりが、顔を出す。
視界の端に映るのは、朝も見ていた2人。
紺野くんと増渕さん。
いつもよりも長く、紺野くんに寄り添う増渕さんの姿が目に入った。
いつも、どんな時でも、増渕さんが隣にいる。
紺野くんの隣に待機している。
監視してるみたい。
紺野くんの周りに女の子が寄り付かない様に、見張っている様に見える。
そうすることで、牽制しているのだ。
この人は、自分のもの。
自分の彼氏なのだと。
目で訴えている。
行動で、そう言っている。
近寄ろうとするならば、撥ね付けられる。
そうする権利が、増渕さんにはあるのだ。
彼女という立場って、それほどに強いもの。
そうする権利を、好きな人から与えられている様なものだ。
紺野くんにチョコレートを渡そうとすれば、間違いなく蹴落とされる。
目の前で渡そうとするなら、可愛らしさを引っ込めて、全力で返されることだろう。