さよならの魔法



(そういえば、私………バッグ、置き去りにしたままだったんだ。)


あの時は、ただあの場から逃げ出したくて。

消えてしまいたくて。


バッグの存在なんか、すっかり忘れてしまっていた。



手に取れば、思い出すのはあの日のこと。


このバッグに、チョコレートを潜ませた。

大好きな人にあげる為のチョコレートを隠していたのだ。



「………。」


好きだった。

本当に、本当に大好きだった。


終わりにするつもりだった。

けじめを付ける意味で、私はチョコレートを作った。



でも、あのチョコレートは、もうこのバッグの中にはない。


取り上げられてしまった。

頑張って作ったチョコレートも、精一杯の気持ちを込めて書いたカードも。


みんな、みんな、奪われてしまった。




思い出したくない。

記憶から消してしまいたい。


それなのに、消えてくれない記憶。

今もあの記憶は、私の脳内に刻み込まれている。



「天宮さんはー、紺野くんのことが好きなんだって!」


もう、いいよ。

もう、止めてよ。


思い出したくないのに、どうして私の脳はすぐに反応してしまうのだろう。



あの日の影が、私の心をギュッと締め付けていく。

過去の亡霊が、今の私を苦しめていく。


心臓が痛い。

頭が痛い。




いびつな笑顔。

困った顔。

驚いた顔。


いろんな人のいろんな顔が、脳裏に浮かんでは消える。



帰りたい。

家に帰って、閉じ籠もりたい。


だけど、帰れない。

帰らないと、そう決めたから。



閉じ籠もらずに、ここに来ると。

固い殻の中で閉じ籠もることは、もう止めるのだと。


決めたんだ。


私を思って動いてくれていた、お父さんの為に。

そして、何よりも、自分自身の為に。










平和だった。

心を揺さぶるものから守られた日々は、安らぎに満ちていた。


学校に通うことで、母親の体面も保てる。

今までみたいに、一方的に責められることも少なくなった。



< 221 / 499 >

この作品をシェア

pagetop