さよならの魔法
「どうして…………?他の女の子にあげる約束でもしてるの?」
「してない、けど………。」
他の女の子にあげる約束なんか、してない。
それに、もしそう言われても、俺は断っていただろう。
自分の気持ちがその子にないのに、第2ボタンをあげる。
応えるつもりもないのに、期待させているのと同じことだ。
それに、茜は勘違いをしている。
俺は茜が思っているほど、モテる男じゃない。
矢田みたいに面白い話も出来なければ、勉強がトップクラスに入るほど出来る訳でもない。
先約があろうとなかろうと、俺の答えは変わらない。
変わっちゃいけないんだ。
「だったら、いいじゃない。お願い、ユウキ………私にちょうだい!」
すがる様な目で、懇願する茜。
茜の必死さは、俺にも伝わる。
痛いほどに。
だけど、それでも、俺は首を縦に振れない。
「無理だよ。………ダメだ。」
「ユウキ!」
「………、分かってくれよ、茜。」
折れない俺の胸に、茜は飛び付いてきた。
「欲しいの。どうしても、ユウキのボタンがいいの!わ、たし………私は………」
ああ、制服の胸の辺りが熱い。
少しずつ水分を含んで、湿っていく。
式では涙を見せなかった茜が、俺の胸で泣いている。
しがみ付いて、涙を流している。
泣かせたい訳じゃなかった。
傷付けたい訳じゃなかった。
ただ、分かって欲しかった。
もう、どうにもならないということを。
茜の気持ちが動かせない様に、俺の気持ちもまた、動かすことが出来ないものなのだと。
「う………っ、ふぇ………、ユウキ………っ!!」
嗚咽を漏らして泣くその背中は、いつもよりも小さく見えて。
抱き付かれた胸の奥が、チクリと鋭く痛みを発した。
ざわめく廊下。
教室へと帰ろうとする、卒業生の人の波。
その波を外れて、立ち止まっているのは俺達だけ。
みんなが進んでいるのに、立ち止まっている。
前へ進めずに、留まっている。