さよならの魔法



低いビルの群れが消え、田んぼが並ぶ風景が広がる。

目によく馴染んだ、優しい景色が。


これからは、毎日、この電車に乗るのだ。



新しい制服を着て。

バッグを持って。


きっと、隣には矢田がいて。


逸る気持ちを抑えきれず、思わず頬が緩んでしまう。



電車に乗って、町へ帰ってきて。

真っ先に足を運んだのは、俺の母校になった中学校。


ここに来るのは、卒業式以来だ。


当たり前のことだけれど、何も変わっていない。

数日前と何1つ変わらないことが嬉しくて、ホッとする。



いろいろ行きたいと思っていた場所はあった。


数日前まで使っていた教室。

みんなで走り回った校庭。

卒業式をやった体育館。



だけど、まずは報告の為に、職員室へと顔を出す。

担任だった佐藤先生に、合格したことを報告したかったから。


しかし、その時に聞かされたのは、意外な事実だった。





「佐藤先生!」

「あら、紺野くんじゃない。今日はどうしたの?」

「先生、俺、合格しました。今日はその報告がしたくて、学校に来たんです!」

「わあ、ほんと!?おめでとう、紺野くん!!」


俺の肩を叩きながら、立ち上がって喜ぶ佐藤先生。

自分のことの様に喜んでくれる佐藤先生に、しきりにお礼を言う俺。


懐かしんで、昔話に花を咲かせているうちに出てきたのはあの子の名前。



「あー、そうそう。天宮さんは、そろそろ着いたのかしら………。」


天宮という単語。

着いたという表現。


佐藤先生の言う天宮は、俺が知っているあの天宮を表している訳で。



浮かんだのは、最後に見た天宮の姿。

真っ直ぐ前を見て、声も出さずに泣いていた天宮の横顔。


何故だか忘れられない、天宮の涙。


天宮が、一体、どこに着いたというのだろう。

確かなことは、俺が知らない何かをこの人が知っているこということだけ。



「佐藤先生、それ、何の話………?」



< 308 / 499 >

この作品をシェア

pagetop