さよならの魔法



弥生が丘。


私が生まれた、小さな町。

市とは名ばかりの、山あいにある寂れた田舎町。


目を閉じれば、浮かぶのは故郷。

捨ててきたはずの、生まれ育ったあの町の風景。





(…………、くる………し………い………。)


苦しい。

苦しい。


息が出来ない。



思い出したくない。

思い出したくなんて、なかった。


苦い初恋と悲しい思い出が詰まった、あの小さな町。



だからこそ、私は思い出したくなかった。

忘れていたかった。


記憶なんて、消えてしまえばいいのに。

捨ててしまえばいいのに。


忘れたままでいられたら、私はここで幸せなままで過ごせた。



拒絶反応を起こした体から、力が抜けていく。


自力で立っていることなんて、もう出来なかった。

玄関で、立つ力を失って座り込んでしまう。



差出人の名前は、西脇 友実。


覚えてる。

ちゃんと、まだ覚えている。


クラス委員だった女の子だ。



戻りたくない。

あの頃の自分には、もう戻りたくない。


それなのに、引き戻される。

眠っていた自分が、呼び戻される。



「う………あ………っ、………いや………」


セーラー服を着ていた私が、ここにいる。

何も言えなかった私が、今もここにいる。


1人ぼっちで泣いていた私が、ここにいるんだ。



声にならない叫びが、口から漏れる。

止めようがなかった。

自分でも抑えることが出来なかった。


私の尋常ならぬ様子に気付いた2人が、素早く駆け寄ってくるのが見える。




「どうしたの!?」

「ハル?」


心配そうに眉をひそめ、私の顔を覗き込むのは千夏ちゃん。

震える体を支えてくれるのは、千佳ちゃんだ。




心配させたくない。

この2人は、何も知らないのだ。


私の過去を。

私が隠してきた、あの時間を。



私は、過去を捨てた人間だ。





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