さよならの魔法



物影に潜む矢田が、呟いた一言。



「俺は、俺………は………、まだ全然割り切れねーよ………。」


5年。

その時間が変えていくものと、変えられないもの。


変わらない想いと、変わっていく想いがある。


いつもは強気な矢田のその一言に、俺の胸にふと切なさが舞い降りた。

矢田にもそういう気持ちがあるのだと、そう思った。



過去を悔いる気持ち。

悔しく感じる心。


俺だけじゃない。

俺だけじゃないんだ。


みんな、心のどこかにそういう気持ちを隠して、生きているのかもしれない。

平気なフリをして、生きているだけなのかもしれない。



矢田と林田が別れた理由は、俺には分からない。

本音なんて、本人同士にしか分からないものなのだろうか。


どういう気持ちで別れという道を選んだのかのんて、2人にしか分からない。



林田の気持ちは知らない。


だけど、矢田の中には残っているのだ。


未だに、林田という存在が。

林田のことを愛おしく想う、気持ちが。




茜と林田の姿が見えたのは、ほんの一瞬のことだった。

艶やかな振袖姿の2人は、吸い込まれる様にホールの中へと入っていく。


ずっと、ここにいる訳にもいかない。

どうにかして、この男を引きずり出さなければ。



「いつまでも、ここにいたってしょうがないし………ほら、行くぞ!」


物影に隠れたままの矢田の体を無理矢理引っ張り出し、声をかけてやる。



「ほんとに行くのか?」

「当たり前だろ。お前、何しに来てんだよ?」

「そりゃ、成人式に出るから………だけど。」

「さっさと歩けって!置いてくぞー。」

「待って、待ってくれよー!!」








同窓会まで、あと9時間。

真新しいスーツの袖口に潜む腕時計が、小さな音を奏でながら時を刻む。


運命の時は、すぐそこまで迫っていた。



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