さよならの魔法



「悪い、俺………行くから!」


次に会えるかもしれない可能性なんて、待っていられない。

0に近いその可能性を信じながら、これからを過ごすなんて無理だ。


後悔するくらいなら、今、俺は動きたい。

あの頃出来なかったことを、今の俺は覆してやりたい。



一言だけを残して、その場を立ち去ろうとする俺。

そんな俺を止めたのは、1人のクラスメイト。


ガラス戸まで辿り着いていた俺を止めるのは、細い手。

俺の着ているダウンジャケットを強く引っ張る、その人。


振り返った先にいたのは、茜だった。




「………っ。」


息を飲む。

和やかだった空気が、一瞬にして凍てつく。


空気さえも凍てついている様に感じるのは、茜の目が冷たいから。

その目から今にも零れ落ちそうになっている涙が、あまりにも悲しい色をしているから。


ダウンジャケットの裾を掴んだ茜が、グロスを塗った唇をギュッと噛んだ。



「嫌だよ………。行っちゃ、やだ………ユウキ………。」


ほんとに小さな声で、そう呟く茜。

キラキラと輝く涙が、ほんの一瞬だけ、俺を踏み留まらせる。


いつもは明るい茜の涙は、思っていた以上の破壊力がある。



(茜………。)


俺を行かせない様に。

この場に留まらせる様に、目の前に立つ茜。


いじらしいほど、俺のことを想っていてくれる。

俺のことだけを見ていてくれる。


ダウンジャケットの裾を離す気配は、全く感じられない。



だけど、俺は後悔したくない。


もうあんな風に、後悔したくないんだ。



「ごめん、茜。」


俺はそう言って、茜の手をダウンジャケットの裾からそっと離させた。



「ユウキ………。」


茜の目から溢れる、大粒の涙。

それは、あの日と同じ。


母校を卒業したあの日と、同じ涙。


諦めきれない様子の茜が、執拗に俺を責め立てた。



「どこに行くの!?これから、2次会が始まるんだよ………?」

「それは………」

「2次会が始まるのに、どこに行くの………!?」




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