さよならの魔法



その証拠に、天宮は輪の中心で小さく縮こまっていた。



(あれは、磯崎………だっけ。)


女子の輪の中にいる1人は、天宮のすぐ後ろに座るクラスメイト。


名前は、磯崎 紗由里。

正直に言うと、磯崎のことはほとんど何も知らない。



通っていた小学校も違う。

去年も違うクラスだったし、部活だって違う。


今まで接点がなかった磯崎は、天宮さん以上に俺にとっては未知の存在だ。



ショートカットの短めの黒い髪。

クリッとした瞳はとても大きいけれど、その瞳の奥には強い光が宿っている。


背は小さいのに、自分よりも大きい天宮を圧倒する空気を持つ女の子。


ちっちゃいのに、気が強そうだなっていうのが俺の磯崎に対しての第一印象。



気が強そうに見える磯崎は、そのイメージ通りの女の子だった。


クラス替えがあった何日か後には、もうクラスの女子の真ん中にいた。

クラスの中心にいた。


クラス替えをして、まだ1ヶ月しか経っていないのに。



周りにいる女子は、磯崎の取り巻きだろうか。

磯崎の周りで、よく見る顔ばかり。


遠くから天宮の様子を見ていた俺の前を遮って、予想外のあの男が現れた。




「こーんの!」


わざと作った声だと分かる、分かりやす過ぎるくらいの甘い声。

その声に寒気がするのは、その声の主の性別が俺と同じ男だから。


ああ、見たくない。

気持ち悪い。


声の主は、別のクラスになったあの男。

矢田だった。



「何だ、矢田かよ………。」


虚ろな声でそう返す俺に、不審に思った矢田がすぐにこう聞き返した。



「紺野、なーにしてんの?」


何をしているのか。

そう問われて、すぐに答えられなかった。


どう答えれば良かったのだろう。



俺は見ていただけだ。

女子に囲まれている天宮のことを、離れた所から眺めていただけ。


何かをしていた訳じゃない。



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