さよならの魔法



天宮も笑うんだ。

人間ならば当然であるそのことに、やけに驚いてしまう自分がいる。


彼女の笑顔を、間近で見たことがないせいか。

天宮が笑うという行動を取るとこが、意外に思えてしまうのは。



ドクン。

ドクン、ドクン。



何だ。

何なんだ。


調子狂う。



心臓が別の生き物みたいに、体内で暴れて騒いでる。

自分の心臓じゃないみたいだ。


思い通りになんかなってくれなくて、静まる気配もない心臓。



苦しい。

胸が苦しい。


どうしてだろう。



さっきも、そうだった。

同窓会の時も、天宮は笑っていた。


楽しそうに、時折恥ずかしそうに頬を染めて。


松島の前でだって、天宮は笑っていたんだ。

あの頃、松島は天宮のことをいじめていたのに。



思い出すだけで、ムシャクシャする。


俺、無性にイライラして。

理由が分かんなくて、でも、イライラを止めることも出来なくて。


松島の前で天宮が笑っていた時も、今みたいに苦しいと感じた。



胸が、ギュッと強く握り潰された様だった。

息が出来なくなる様な、そんな錯覚さえ抱いた。


このまま死ぬんじゃないかって、一瞬でも思えてしまうほど。



今だって苦しい。


苦しいことに変わりはないけれど、さっきとはまた別の感情が入り交じっている気がする。

2時間前に感じたものとは、違う感情によって引き起こされた苦しさである気がしている。



ほんの少しの嬉しさを織り交ぜた気持ち。

苦しいはずなのに、何故か幸せだとも感じてしまう。


何だろう。

ジェットコースターみたいに上がったり、下がったり、簡単に揺れ動くこの気持ちは。



この苦しさを、もう少しだけ味わっていたい。

もう少しだけ、この幸せな苦しみを感じていたいだなんて。


どうかしてる。

バカみたいだ。


そうこうしているうちに、俺と天宮は予想よりも早く目的地へと到着してしまった。



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