さよならの魔法
ロマンスグレーのふんわりとした髪を揺らせて歩く彼女に、私は返事をした。
「はい、オーナー。お客様の名前を伺ってもいいですか?」
その問いかけに反応して、オーナーが立ち止まる。
振り返ったオーナーは、何故か不満げな表情。
その表情に、私の中で焦りという感情が生まれる。
(あれ?私、何か変なこと、聞いちゃったかな………。)
おかしいな。
至って、普通のことしか、聞いていないはずなのだけれど。
不思議に思って首を傾げる私に、オーナーがこう言った。
「もう、天宮さんってば。オーナーなんて呼ばないで!!」
「は、はい?」
「オーナーなんて堅苦しい呼び方じゃなくて、名前で呼んでくれたらいいのに………。」
「いえ、それは………ちょっと。」
「あらあら、照れちゃって。天宮さんって、ほんと真面目よね!そういうところ、可愛いわ。」
こういう人だから、オーナーは若く見えるのだと最近思う。
白髪混じりの髪だけど、驚くほどに肌は潤っていて美しい。
内面から滲み出る若さが、外見をも若く見せているのかもしれない。
見習いたいものだ。
私にその元気さがあれば、だけれど。
「そうそう、お客様なんだけど………。ほら、この間来て下さった、佐々木様なのよ。覚えているかしら?」
「はい、もちろんです。」
佐々木様というのは、この画廊の常連になって下さっているお客様のことだ。
初老の男性で、私がこの画廊で働き始めるよりもずっと前から、ここに通って下さっているのだとオーナーから聞いている。
私が絵に関わり始めるより先に、この世界で生きてきた人。
美術品の収集が、佐々木様の趣味なんだとか。
絵画だけではなく、骨董品にも目がないらしい。
絵に関することだけではなく、美術という広い世界のことを知っていて、それを私に丁寧に教えてくれる。
話を聞いているだけで、本当に勉強になる。
そんな方だ。