さよならの魔法



決して安いとは言えない学費を払って、私のやりたいことを好きなだけやらせてくれた。


文句すら言わず、黙って応援してくれた。

そんなお父さんには、いくら感謝しても足りないくらいだ。



大学に入ってから始めた、画廊でのバイト。

大好きな絵に関わる仕事で、家計を少しでも助けられたらいいなと思って始めたバイトだ。


大学を卒業した今は、その画廊で正式なスタッフとして働いている。




美大を卒業したからといって、みんながみんな、思い通りの仕事に就ける訳ではない。

ましてや、今は、就職難の時代。


下手をしたら、夢を追い過ぎて、職にすらありつけない子だっている。



画家として食べていけるのは、ほんの一握りの人間だけだ。

夢を諦めるのも、生きていくには必要なこと。


夢を叶えることが出来るのは、自分の世界を持っていて、なおかつ、それを貫くほどの強い意志を持っている人だけ。



悔しいけれど、それが現実だ。


絵に関係ない会社に就職する人だって、大学内にはたくさんいる。

私は大学にいた4年間、嫌というほど、それを見てきた。


絵に関われる仕事に就けただけでも、十分過ぎるほど幸せなんだと思う。


大学を卒業して、1ヶ月。

私は、社会人としての第一歩を踏み出していた。






「天宮さん、もうすぐお客様が見えるから、お茶の準備をしてくれる?」


柔らかい声音でそう声をかけてきたのは、この画廊のオーナー。


50代の女性なのだけれど、とてもそうは見えない人だ。

言われなければ、10歳は若く見えているだろう。



真っ白なシャツの襟を立て、シャキッと着こなす彼女。

彼女は私の上司でもあり、この画廊のオーナーでもある安藤さんだ。


大学時代からの付き合いだから、もう4年はこの画廊で働いていることになる。



絵に囲まれた画廊での仕事は、苦にはならなかった。

むしろ、バイトに行くのが楽しみだったくらいだ。



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