さよならの魔法



既に、別の場所に移り住んでいるかもしれない。

今も、同じ場所に住んでいる保証なんて、どこにもない。


だけど、懸けてみたかった。

少しかもしれないその可能性に、俺は未来を懸けてみたかったんだ。




もしかしたら、会えるかもしれない。

もしかしたら、あの子が見つかるかもしれない。


もしかしたらーーー………

そんな小さな奇跡を願って、俺は就職先を東京に絞った。



運が良かったのか。

それとも、実力なのか。


志望通りの東京で、商社の内定をもらうことになる。



そして、4月。


大学を卒業したばかりの俺は、厳しい荒波の中に飲み込まれていた。










トゥルルルル。

トゥルルルル。


あー、怖い。

この無機質な機械音が鳴る瞬間が、俺は今、この世で1番苦手だ。



「あー、出たくない………。」


ほんと、この電話にだけは出たくない。

この音が聞こえるだけで、胃が悲鳴を上げるのだから。


しかし、そういう訳にもいかないのが悲しいところ。


会社用の携帯電話の通話ボタンを、俺は力なく押した。



「はい、紺野で………」

「紺野!出るのが遅いじゃないか!!」


押してすぐに聞こえてきたのは、ここ最近ようやく聞き慣れてきた上司の声。



「おい、いつも3コール以内には電話に出ろと言っているだろうが!!」


分かってるっつーの。

そんなこと、言われなくても知ってるさ。


この声が聞きたくなくて、指に力がどうしても入らなかっただけだ。



電話の向こうでまくし立てているのは、営業部の酒井主任。

俺よりもずっと年上の、俺の指導係だ。


電話の向こうの声に、思わず眉をしかめたのは言うまでもない。



東京で見つけた就職先は、商社だった。

そこそこ名の知れた、大きな商社の面接をパスしてしまったのだ。


正直に言うと、あんまり期待していなかった。

合格するなんて、これっぽっちも思っていなかったのだ。



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