さよならの魔法



何もない頃には戻れない。

何もないフリも出来ない。


今まで通り、クラスメイトとしては接してあげられない。

きっと、俺は。



「紺野、………私と付き合って欲しいの。」

「………っ。」

「返事、聞かせてくれる?」


待ってくれない。

答えを引き延ばすことも叶わない。


俺の答えは、既に決まっていた。





「いいよ。………俺で良かったら、だけど。」


増渕のことは嫌いじゃない。

むしろ、好きか嫌いかで言えば、好きに偏る。


きっと、好きなんだ。



増渕は明るい。

一緒にいて、楽しいし。


可愛いなとも思う。

女の子として。



増渕とだったら、上手くやれる。


女の子と付き合ったことなんてないから、そういうことには全く自信がない俺だけど。

増渕が相手だったら、大丈夫。


女の子として見れる。

彼女として、好きになれる気がするんだ。


気がかりなのは、矢田のことだけ。



(矢田、ごめんな………。)


増渕の存在を俺に教えてくれたのは、矢田だ。


矢田が増渕のことを、他の女の子よりも気に入っているであろうことを俺は知っている。

気に入っているというだけでなく、好きでいるのだろうと。



矢田のことを考えなかった訳じゃない。

いいという返事を出す瞬間に浮かんだのは、アイツの顔。


だけど、断るという選択肢は選べなかった。



仕方ないって思った。

そう思い込もうとしていたのかもしれない。


これは、仕方ないんだ。

仕方ないのないことなのだと。



だって、増渕が好きなのは矢田じゃない。

俺だ。


一方通行の想いは、いつか終わってしまう。

いつか、終わらせなければならない運命なのだ。



矢田が増渕のことを好きでいる限り、交わることはない。

増渕が俺のことを好きでいる限り、矢田を見ることはない。


矢田にとっては、切ないだけの運命が巡っているのだ。



< 72 / 499 >

この作品をシェア

pagetop