さよならの魔法
「隣、いいかな?」
遠慮がちに、橋野さんがそう尋ねてきて。
もちろん、私に断る理由はない。
橋野さんに親近感さえ抱いているのに、隣に来ることを拒む理由など私にはないのだから。
「ぜ、全然大丈夫だよ!隣の席、どうぞ。」
私は慌てて、置いていた荷物を避けてスペースを作る。
橋野さんはゆったりとした動作で、私が作ったスペースに腰を下ろした。
いつもならば、1人きりの空間。
1人分のページをめくる音と、1人分の呼吸する音。
孤独を感じるけど、気を遣わない時間。
気楽だけど、寂しく感じる時間。
そんな時間が、今は存在しない。
「ごめんね、ありがとう。」
フワリ。
ワンピースの裾を揺らして、橋野さんが座る。
隣に座る橋野さんが、本を読み始める。
窓から入り込む強い陽射しが、どこかへ消えてしまいそうな風にさえ思えるその姿を照らして。
いつもは、1人なのに。
隣に誰かがいるのって、変な感じだ。
でも、悪くない。
不思議なのは、彼女が隣にいても、嫌だとは思わないこと。
嫌悪感も焦りも、感じないこと。
しつこく、話しかけられることもない。
目が合っても、不自然に逸らされることもない。
罵倒されない。
意地悪もされない。
妬まれることもない。
他の人にはちっぽけなことかもしれないけれど、それって重要なことだ。
少なくとも、私にとっては。
ここが学校なら、違う。
私と目を合わせてくれる人なんていない。
私に言葉をかけてくれる人なんていない。
そんなことをすれば、いじめに巻き込まれてしまうから。
磯崎さんに目を付けられて、標的にされる可能性があるから。
しつこく話しかけてくるのなんて、いじめをしている張本人だけ。
磯崎さんと、その取り巻きの女の子達だけだ。