さよならの魔法



ミーン、ミンミン。


遥か遠くで、蝉が鳴く。

ようやく訪れた夏を謳歌する様に、思いきり鳴く。



夏休みに入って、初めての週末。

現在の時刻、午前6時半。


人もまばらな週末の朝、俺は駅前で1人。



振り返るのは、一昨日のこと。




「なあ、紺野。」


部活帰りの矢田が、俺の家に寄った時のことだ。


矢田が入っているのは、野球部。

何でも、昔から野球少年であったらしい。


中身は不純なことばかりなのに、やっていることは爽やか少年だ。



俺も、一応部活には入っている。

俺が入っているのは、矢田と同じ部ではない。


弓道部だ。



運動部は夏休みにも部活がある為、夏休みに入ったからといって会えなくなるということもない。

他のクラスメイトには会えなくても、運動部に所属している連中とは学校で自然と顔を合わせてしまうものだ。


これでも、部活は頑張ってる。



弓道部に入部したのは、1年の時。

見学で見た凛々しい袴姿に憧れて、入部を決めた。


白に、紺の袴。

青空の下で映えるその出で立ちに、目を奪われたのだ。


一瞬で。



同時期に野球部に入部した、矢田。


矢田が入っている野球部は、毎日部活がある。

顧問が力を入れていて、よほどのことがない限りは休めないらしい。


それと比べて、俺が入っている弓道部は、少し緩い。



夏休みだって、毎日部活がある訳じゃない。

合宿もない。


予定がない日に、希望者だけが出ればいいだけだ。

そんな緩いところも、俺は気に入っているのだけれど。



「学校に行っても、お前、いねーんだもん。」


そう言って、俺の家に寄った矢田。

久しぶりだと言ってくつろぐ矢田は、宿題をやっていた俺にこう持ちかけてきた。



< 88 / 499 >

この作品をシェア

pagetop