・*不器用な2人*・(2)
「俺も、大地に置き去りにされたことあります。
まだ知りあって1年も経たない頃だったと思うんですけど、俺が大地の言うこと聞かなかったらあいつ急に怒っちゃって。
家から随分と離れたところで捨てられました。
土地勘がまだなかったんで、家に帰ろうにも帰れなくて、半泣きになった気がする」

私の手を引っ張りながら前へ前へと進んでくれた井方君は、時々壁に頭をぶつけて小さく呻く。

大袈裟な悲鳴を上げないのは、さすがだと思った。

「芳野君、優しいお兄さんってイメージが強いけれど……」

私が小声で言うと、井方君は「はぁ!?」と珍しく声を荒げた。

「全っ然そんなことないよ、あいつ。外じゃ猫被ってるけど、普通に怖いし」

井方君はそこまで言って、「ヤバ……」という表情を浮かべた。

声のトーンを押さえてから、また彼が喋り始める。

「でも、どんな場所に捨てて行っても、絶対に夜が来る前に迎えに来てくれる。
あと、怒った後は母親並に優しくなる。
あと、手が冷たくて夏場とかは結構気持ちいい」

「そっか、じゃあ夏は芳野君の手で節電しようか」

そんな相槌を打つと、井方君がまた笑った。

彼にとって芳野君は親代わりなのかもしれないと、少しだけ思った。

「鈴木君は?
結構前からいるんだよね」

私が訊ねると、「あぁ、亜衣ちゃん」と、井方君は少しだけ声を和らげた。

「亜衣ちゃんは、大地の反対。
家だとすごく家庭的。
面倒見いいし、料理もうまいし、綺麗好きだし、力持ちだし……。
うちの大家さんって女性だから、亜衣ちゃんが父親代わりみたいな感じです」

そこまで言って、井方君はまた壁にぶつかった。

勢いがよかったらしく、コーンという音が軽く響き、彼は今度こそ悲鳴を上げた。

片手で額を押さえながらうずくまろうとする井方君を、私は慌てて支える。

「すごい音したね」

笑いながら彼の手に自分の手をかけようとして、私はハッとした。

私が触れたのは、彼のリストバンドだった。

咄嗟に謝ろうとすると、井方君は額を抑えたまま「大丈夫」と小声で言った。

「昔の怪我なんで、別に痛いとかそういうのじゃないんで……。
ちょっと見た目が悪いだけっていうか……」

肩をすくめて笑うと、井方君はまた私の手を握り直した。

「薫さんは、カッコいいけどちょっと怖いかも。
大地と一緒にテレビ見てたらいきなり空き缶を投げられたことがあって、あれはちょっとビビった」

「空き缶―?」

「そう、ビールの。
大地と薫さんは大家さんに怒られてもしょっちゅう飲んでるんだけど、年下が飲むとすごい剣幕でキレて、窓から逆さ吊りとかやったりしてる」
「それはちょっと怖いね」

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