スイート・プロポーズ
 夏目を信用している。倫理に反することはしないだろう。別の誰かを愛する日が来れば、円花にきちんと別れを告げる。
 そういう人だ。

「………………」

 夏目が、別の誰かを愛するーー自分で至った考えなのに、胸が少しだけ、苦しくなった。実際の距離と、心の距離は比例すると聞く。
 アメリカへ行って欲しい気持ちは、嘘偽りのない、素直な気持ち。今も、それは変わっていない。
 でも、自分自身の気持ちを今更ながらに知った。

(本当は……行かないで、って言いたかったのかも)

 エレベーターの扉が開き、乗り込む。【閉】のボタンを押すのと同時に、運が良いのか悪いのか、告白から戻って来た夏目と、目が合った。
 ほんの一瞬の出来事だ。
 だから、夏目は気づいていないはず。円花の瞳が潤んでいたことに。





 その日の夜、円花は自分の部屋で何をするでもなく、ボーッとしていた。自分の気持ちを、消化したいのだ。テレビを見て笑ったりするのもいいし、音楽を聞いてリラックス、お気に入りの本を読んで集中するのもいい。
 でも、何かをする気分にはなれなかった。自分の気持ちに、自分自身が戸惑っているのだ。
 今更、夏目になんと言う? 本当は行かないでほしい、とでも言うのか?
 そんな女々しいこと、自分は絶対に言わない。先に決めたのだ。アメリカ行きを応援すると。

「はぁ……」

 ため息が出た。何度目かも分からないため息だ。
 円花は分かっている。悩んでいるわけじゃない。行かないでほしいと言う自分の気持ちを、受け入れている。
 だから、この気持ちをどうにかして消化したいのだ。跡形もなく、消し去ってしまいたい。

「……はい」

 スマホが鳴って、円花はのろのろと電話に出る。画面を見らずに出てしまったことを、円花はすぐに後悔した。

『起きてるか?』

 電話の相手は、夏目だった。

「……寝ようと思ってます」

 今、夏目と話すのは良くない。アメリカ行きを応援する気持ちと、行かないで欲しいと言う気持ちが同時に生まれていて、情緒不安定な感じだから。

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