水晶の少年 【第一幕 完結】※続編「SEASON」 


「時雨?」


もう一度、時雨の視線を捉えながら声をかける。



「氷雨が車椅子の女の子と事故にあったみたいだ。
 とりあえず、多久馬総合病院に搬送されたらしいから
 行って来る」

「わかった。
 じゃ、私は時雨と共に行きます。

 後、飛翔にも連絡しないと。
 氷雨は今日、バイトだったと思う。
 あそこのスタッフと飛翔は、車のチューニングの話で仲いいから」


そう言うと私は、すぐにポケットにいれてある携帯電話を握りしめて、
飛翔の元へと電話して、氷雨の事故のことを簡単に伝えた。

先に部屋を出始めた時雨を追いかけるように、
飛翔との電話を切って、私も一階へと降りる。



「母さん、少し由貴と本屋に行って来る。
 勉強用のテキストが足りなくて。

 その後、図書館で飛翔と由貴と三人で受験勉強して帰るから」


そう言うと時雨は私を難なく一緒に連れだしていく。


そんな些細な嘘にも、
チクリと罪悪感が芽生える私自身。



だけど今はそれよりも、
小母さんの心配材料を少しでも取り除くことが必要にも思えて
その嘘の中に自分から寄り添っていく。



その寄り添いが……
私自身の心を惑わしていくことすら、
この時の私には何も気が付けなくて。


ただ今を私なりに必死に生きることに必死だった。




電車と徒歩でようやく辿り着いた多久馬総合病院。



病院のソファーで頭を下げながら、
祈るように手を組んでいる氷雨の姿を捉える。



「氷雨」


慌てて氷雨に寄り添おうと声をかける私と違って、
時雨はそのまま、氷雨の傍に近づいて一発頬に拳を入れる。

時雨の拳に寄って、廊下に吹っ飛ばされた氷雨は
少し血が出た頬を掌で拭って、そのまま無言で立ち上がると
何も言わずに、時雨を見据えた。



そんな氷雨に、もう一発拳を入れようと腕を震わせる
時雨をとめるように、氷雨の前へと私は飛び込む。



「時雨、場所を考えてください。
 それに氷雨も、怪我してるじゃないですか」



夏の半袖の時期だからこそ、
腕に巻かれた包帯が痛々しく目に留まる。

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