モノクロ
 

……昨日、あのおしゃべりの後、紀村さんと別れてから家に帰ってからもずっと、私の頭の中には紀村さんが居座っていて。

明るい笑顔とか話し方とか、頭に触れた手の感触とか。

全てが脳裏に焼き付いていて、次はいつ会えるんだろう、なんて思ったりもしていたんだ。

……こんなの、この前読んだ恋愛マンガの主人公の心情みたい……。

本人を目の前にして改めて自覚すると何だか恥ずかしくなって、それを誤魔化すように私は口を開く。


「紀村さんは眠そうですねっ。お仕事中の車移動とか、気を付けてくださいね!」

「……。」

「……?」


紀村さんからすっと笑顔が消えた。

え? 私、何か変なこと言った!? 仕事のことを言っただけなのに……。

不安が襲いかかってきた瞬間、紀村さんがニヤリと笑い、口を開いた。


「はいー。飯おごりね」

「へっ?」

「もう約束忘れた? “大先輩”って呼ぶこと」


「紀村大先輩って呼ばなかったら、飯おごりな!」と、紀村さんが冗談のように言っていた言葉が脳裏をよぎる。


「えっ、あれって冗談でしょう!?」

「俺はいつでも本気だ。あー、カニ食いてぇなー。そうだ、回らない寿司もいいな。趙々苑(ちょちょえん)の焼肉も捨てがたいし」


明らかに高級な食べ物ばかりを挙げていく紀村さんの言葉に、私は焦った。

どれもこれも、確実に一人当たり五千円を超すような食べ物だ……!

 
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