殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 翼はドキドキしていた。


(ああ……何て素敵な人なんだろう。こんな人が恋人だったら嬉しいな)


翼はなかなか自転車を発車出来ずにいた。

自分のことを陽子がどんな風に話すのかが気になった仕方なくなっていた。

でも何時までも其処にいる訳に行かなかった。
翼は心を陽子の傍に残したままでゆっくりとペダルを踏み出した。




 翼の祖父にあたる勝は、秩父市内の総合病院に入院していた。


最上階の個室で、窓の向こうには裏山ダムが見えていた。
トイレも有り、横にはシャワーも付いていた。
翼は付き添いをした時、何時も此処で浴びさせてもらっていた。


この病院は完全看護だったが、危篤状態に陥った時などには付き添いも許可してくれていた。

でも翼はそれ以外でも偶にそうしていたのだった。


「おっ、翼か。元気だったか?」
翼が会いに行くといつもそう聞く。


「僕のことより、お祖父ちゃんのことだよ」
翼はそう言いながらも、勝の優しさに胸を熱くする。


 勝は命に関わる病を患っていた。
余命幾ばくもないことも知っていた。
だから残される孫が不憫だったのだ。

だから辛そうな時には許可を貰ってくれたのだった。


勝は、翼が母親から愛されていないことを見抜いていた。

翼は勝にも何も言わなかった。
でも言えずに耐えていることも堀内家の家族は分かっていた。


勝の娘・薫には翼と翔という双子の男の子がいた。

二人は見当がつかないほどそっくりだった。

でも何故か薫は翔だけを溺愛していた。

何が気に障ったのか、翼自身分からない。
ただ物心ついた時から、愛された記憶は存在していなかった。




 百点満点取っても喜んでくれなかった。

そんな時勝は知らない振りをして、頭をなぜながら誉めた。

翼に負担を掛けたくなかった。
勝にとって翼が可愛い孫なら、薫も娘だったのだ。
理由は解らないが、何かあると察してはいた。


「あれっお祖父ちゃん、叔父さんは?」
日曜なのに堀内家に忍が居なかった訳は、勝の付き添いのためだったのだ。


「あ、忍なら買い物に行ってもらってる。すぐ戻ると思うよ。何か用か?」


「ううん……別に」
翼は言葉を濁した。

本当は陽子のことを聞きたかったのだ。




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