溺愛トレード
「おい、あれを」
瀧澤さんが右手をすっと上げるだけで、お付きの方が何かを取り出した。
よく見ると、それは小切手だ。瀧澤さんは、さらさらとペンを走らせる。
金参百萬圓、と達筆で書かれたそれを、人差し指と中指に挟んで支店長の目の前に差し出した。
「裏書きは済んでいる。契約期間は六ヶ月。彼女が出向してくれたのならば、うちのデパートの文具売り場にアン・カイエのスペシャルコーナーを作らせよう。取り扱い商品も今の三倍に増やそうか」
「た、た、た、瀧澤さん!」
なんだか、この人恐ろしいことを述べてますけど大丈夫でしょうか?
私みたいなただの社員の出向契約に三百万? しかも、商品を三倍に?
「僕と片時も離れなくないだろう?」
しかも、この人はちゃんと色んなことを理解していて、期間は六ヶ月だとおっしゃる。
「瀧澤さん……ほんとに、もうやめてください。私、そんな大金出す価値なんてないですしクラウンに行っても今の三倍の商品を売りさばく自信なんてないですから」
だから、帰ってよ。とにかく、帰ってよ。
「行きなさい。加瀬さん」
「はあ?」
支店長は、目の前の三百万の小切手をちゃっかり掴む。
「加瀬さんのためにも、私たちが選りすぐりの商品を揃えておくわ! さあ、あなたたちも今すぐ仕事よ! それじゃあ、副社長。さっそく夕方にでもご連絡させていただきます」
「頼んだよ。販売部のほうには僕から話をしとくから」
「任せてください! 加瀬さん。しっかり頼むわよ!」
支店長は秘書課のお姉様たちを引き連れて応接室を出ると、外からは「やったわ! 今年はボーナスアップよ!」という悲鳴と拍手が聞こえてきた。