溺愛トレード

 なおちゃんは、あんぐりと開いた顎を自分の右手で元に戻す。


「ちょ、ちょ、ちょっと、あんた! この筆舌に尽くしがたいほど美しい方は? 紹介しなさいよっ!」


 なおちゃんは頭のタオルをむんずと掴んで外すと、そのタオルで顔をごしごしと拭いてから瀧澤さんの前にしゃしゃり出た。



「ああ、瀧澤さんです。今、出向している会社の副社長さん。瀧澤さん、こちらこの店の店長の尚人さんです」


 緊張して顔が引きつっているなおちゃんに対して、瀧澤さんはいつもと変わらぬ様子で右手を差し出した。


 なおちゃんは、ありがたやー、と叫んで瀧澤さんの右手を両手でがっちり掴んで額をこすりつけた。

 それなのに、瀧澤さんは嫌な顔一つせずに「素敵な店ですね」と余裕の一言を付け加えた。


 なおちゃんは、「ありがとう、ありがとう」と調子にのって瀧澤さんに抱きつく。

 そして、突然離れたかと思うと奥座敷でお好み焼きを焼いてた女子二人を指さすと「あんたたち、それ食べたら帰りなさいよ!」と喚いてから、また瀧澤さんの前に戻ってきて「今すぐ席を用意しまぁす。お待ちくださいませぇ」と乙女な接客術を披露した。




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