君に愛の歌を、僕に自虐の歌詞を











しばらく無言だった。

というより、かなりの時間、無言だった。


僕は頼んだケーキを食べながらコーラを飲み、草野つぐみはココアを冷ましながら飲んだ。
無言だったが、息苦しくはなかった。


父親はカウンターの奥に引っ込み、恐らくは意図的に僕らを2人っきりにした。 彼なりに気を使っているらしい。






「元カノ、死んだんですね」


ケーキを食べ終わった僕に、彼女は突然そう切り出した。 「死んだね」適当に返したら、不思議そうな目で見られた。


「ショックじゃないんだ」

「まあね。 そもそも最初から好きじゃなかったし」

「最低ですね」


そんな事は解っている。 僕は最低なクソ野郎だ。


「何で、好きじゃないのに付き合ったの?」

「んー……わかんないや。 でも、今度はちゃんと好きな人と付き合う」


例えば、君とか。
口にしたかったが堪えた。

しかしそんな理性的な自分に対し、衝動に身を任せるべきだと主張する過激派な僕が声を上げる。
さっさと言え、抱き締めろ。 彼氏が居ようと関係ない。 お前は傷つくのが怖いだけの腰抜け野郎のままでいいのか?


いいわけない。 だけど、彼女を困らせたくない。
ただ、この時をずっと続けていたいだけだ。


「どんな人がいいの?」

「…………何て言って欲しいわけ?」


ずっと続けていたいだけなのに、結局は本能に負けてしまう。
いや、彼女の方が僕の引き金を引こうとしてくる。

声が少し荒くなった。 抑圧されていた感情が波のように蠢く。


「なんでそんなに思わせぶりなのかな、君は」

「……思わせぶり、なのかな?」

「思わせぶりだよ。 最低なのはどっちさ、彼氏居るくせに」

「…………」


草野つぐみは無表情だった。 透明な瞳で僕を見つめるだけで、何も言ってこなかった。


「からかうのは止めろよ。 迷惑だから」

「……………………」


無言のまま、彼女は椅子から立ち上がった。 そしてコートを羽織り、代金をカウンターに置くと、早足で店を出て行った。

僕は振り返ってそれを見る事はせず、コップの中に残ったコーラを飲み干した。

後悔した。 僕は何てことをしたんだろう。 油断すると泣いてしまいそうだ。






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