【B】(第一夜完結)Love around ※第二夜準備中


普段は透析室で、年輩の患者さんたちと話し相手をしながら
腕に作られたシャントと言う穿刺するポイントに、針を刺して機械をまわすルーティン業務。


私の周囲はベテラン揃いで、私がここに配属されているのは前の病院で経験があったから。

経験があったからって言うのはものは言いようで、言い方を変えると経験値不足。

私みたいに新卒で、透析室に配属されてしまうと後々の転職に響いてくる。
それ故に、指導係として私を教えてくれる殿村さんは、透析室以外の業務をフォローして指導してくれる存在。

午前中は透析室で何時ものルーティンを熟す。


「おぉ、李玖ちゃん。
 三日ぶりだねー」

「おはようございます。調子はいかがですか?」

「ボチボチだねー」


そんな会話をはじめながらいつもの様に、健康状態の確認をして
透析が出来るように、シャントに針を刺す。


40代の頃から腎臓を患って、三日に一回くらいの割合で透析に通い続ける
もうすぐ70歳を迎えるこの患者さん。

長期的に酷使し続けてきたシャントは、もうボロボロになっていて針をさすのにも
血管を傷つけないように緊張感が走る。


いつもの様に精神を集中して針をゆっくりと近づけていくものの、
すぐに穿刺でなくて何度か、寸でのところでとめて見極め治す。



「どうした?李玖ちゃん彼氏にふられたか?」


彼氏なんていませんから……。



何時もなら軽いノリで返すコミュニケーションも、
今日はサラっと聞き流すことも反応することも出来なくて、
シーンとしたまま今度こそと、何とかシャントから穿刺を完了させて一息ついた。




「あぁ、すいません。
 今日は時間かかってしまって。
 彼氏はいませんよ。だからフラれてなんかないですから。

 今から透析開始しますねー。
 気分悪くなったりしたら、声かけてくださいね」



っと体に染みついた機械操作をして、ベッドから逃げるように離れて別の仕事をする。





「次、塔矢は小野さんの状態確認」


次の仕事をふられて、慌てて次の患者さんの元に向かう。
いつも以上に、機械的に今ある仕事だけをこなしながら午前の業務を終了した。



お昼休み、殿村さんと合流してランチを始めるものの
あんまり食べる気もしない。



「李玖、今日先生の診察受けて早退する?
 やっぱり顔色悪いし、さっきから殆ど食べてないじゃない」

「明日はお休みだから、今日は頑張ります。
 午後からも宜しくお願いします。
 病棟業務はまだ慣れなくて」

「そうよねー。
 新卒で透析室はキツイわよね。

 あそこはお局様の集まりだし、結婚しながらパートとかで働くなら
 融通聞かせて貰いやすいかもだけど……ある程度の経験をした後じゃないと
 ツライものよね」

「ですね……。
 でも殿村さんが教えてくれるようになって、少しずつ私も透析室以外の業務も覚えれるようになりました。
 透析室も嫌じゃないんですよ。

 確かに患者さんの透析中のストレスを上手く逃がしてあげるコミュニケーション技術はまだまだ難しくて大変ですけど、
 やりがいはあそこもあるんですよ」


そんな会話をしながらお昼休みを終える。
自分のことでいっぱいいっぱいで、他のことを気にする余裕もなくて午後からも何とか仕事を終えた。


その夜、帰宅しようと愛車のマーチに近づいたら、
マーチの後方に、ぶつけられた痕跡がぺこり。


その場に崩れ落ちるように座り込む。



誰よ、私の愛車にぶつけたの。

まだ二年目のお気に入りの車なのに。
ローンだって返し終わってないのに。


べっこりと凹んだ愛車に指先で触れる。


鞄の中から取り出した携帯電話で連絡するのはお母さんの携帯。

お母さんに愛車がぶつけられたことを伝えて、
お母さんの知り合いの車屋さんへ車を持っていくことが決まった。


自走が可能なのを確認して、その車屋さんまで運転するとその店で合流したお母さんの車に乗り込んで
自宅へと帰宅した。


そのまま自分の部屋へと駆け込んで、荷物を床におろすとベットに突っ伏して涙を流す。




なんで私ばっかり……私が何したって言うのよ。
そんな言葉だけが脳内に何度も何度も木霊していく。





ふいに再び家のチャイムが鳴り響く。


慌ててその音に体を起こして玄関へと急ぐと、
お母さんがいつもの様に荷物に受け取りの判を押そうとしているところだった。

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