いつか、きみに、ホットケーキ
12. 隠し事

真夏は事務所内の仕事が一番快適だ。でも、今日は午後から撮影の仕事があるから一番暑い時間に出かけなければならない。

「湖山さーん。大沢さんのお祝い、どうしましょっかー?まだまだって思ってると直ぐだから~」
「は?」
「え?だから、大沢さんの・・・」

蝉が鳴いている。声が近い。この窓の向こうのプラタナスだ。そんなことを思いながら湖山はぼんやりと事務の笹野さんを振り向く。

「えーーーーーー?けっっこんーーーーーー?」
「あれー?聞いてなかったんですかー?」
「き、聞いてない。聞いてないよ?」
「あらぁ・・・そんなこともあるんですねえ・・・?でも、あるのかなあ?大沢さんが湖山さんに話さないなんて、あるわけないと思うけど・・・。大沢さんは言ってたのに湖山さんが聞いてなかった、とかじゃないんですかぁ?」

そんな訳、ない。そんな大事な事、聞いてて聞き逃す事なんてある訳ない。

(えー?なんだよ、それ。知らなかった・・・。)

そうなんだよな・・・。ここ1ヶ月、湖山は大沢に現場で会っていない。ここ2ヶ月かそれ以上一緒に飯も食ってないなあ・・・。いや、あったな・・・。前ほどではないけれど、1回・・・2回・・・3回くらいは夕飯を一緒に食べた。あの撮影の後だろ・・・別の現場から待ち合わせして行ったこともあったはず。そうだ、そうだ、あんときだ。それに、昼ごはんも何度か一緒に食べた気がするし。・・・言うチャンスがなかった訳はない。

(隠してたってこと?)

なんで?隠す必要なんかない、でしょ?なに?なに?なんか気持ち悪い。どうして言ってくれなかったんだ?言ってくれたの?俺、聞いてなかった?本当に聞き逃したのか?いや・・・。そんな訳ない。絶対聞いてない。

湖山はジーパンのポケットに手を突っ込んで携帯を取り出しながら事務所を出て行った。

呼び出し音が鳴り続ける。出るまで鳴らし続ける。

「おい!!」
「・・・え?はい?なに?湖山さん?どうしました?」
「どうしましたじゃねーよ。お前、俺に隠してることがあんじゃねーだろうな?」
「・・・・」
「おい、聞こえてるのか?」
「聞こえてます。」
「俺に、言ってないこと、あるよな?」
「有りますね。」
「・・・・。」

(『ありますね』?アリマスネって言ったの?今?)

「・・・っ!?ナニソレ・・?」
「なんで怒ってるんですか?電話で話せることじゃない、とにかく、後で電話します。」
「おいっ!切ってんじゃねーよ、こら!!」

何それ、何それ、何それ・・・?
な ん だ 、 そ れ?

冷房の効いた事務所から出ると、真夏の空気は温かいと思えるほど優しかった。携帯電話を片手に立ち尽くす湖山を、ぎらぎらと表現するにふさわしい日差がアスファルトごと湖山をジリジリと焼こうとしていることに湖山は気付いていない。

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