いつか、きみに、ホットケーキ
11. 大沢くんというアシスタント

指折り数えてみると大沢と組んで仕事をするようになってもう7年程も経つらしい。大沢の初々しかった頃を思い出したりしてみる。大学を卒業したばかりの大沢はいかにもスーツを着る職業に就くのが厭でこの仕事を選びました、という感じだった。それでも最初の2-3ヶ月はちゃんと襟付きのシャツを着ていて、案外真面目そうだなと思ったのを覚えている。色気というには若すぎたけれど、長身の彼がそういうシャツを着ている姿は男らしく、湖山は少し羨ましいなあと思ったりもした。その頃大沢は、まだ、助手の助手をやっていた。

湖山はカメラマンになったばかりだった。その頃のことは、慣れているつもりの撮影現場でも案外緊張していたのかもしれないし、必死すぎてよく覚えていない。当時頻繁に湖山の助手をしてくれていた二人はその後退社してしまったけれど、湖山の事をやりにくいカメラマンだなあと思っていたのではないかと今では思う。カメラマンになりたくてやっとカメラマンになれた、自分の気負いのようなものがいつも周りの人間を遠ざけてしまった。

大沢は物覚えが早かったから割と直ぐに助手として立派に仕事をするようになった。当初は在籍するカメラマンを掛け持ちで担当していて、いつも湖山に当たるわけじゃなかったけれど、たまに当たると、湖山はいつもいい仕事ができたなと満足する事が多かった。笑顔を絶やさない大沢の仕事振りに、キリキリしていた湖山の気負いが次第に溶かされて、自分が思う良い写真を思いきり撮ることができた。いい仕事をするには仲間も大事だ、と思い始めたはじめの一歩だった。そして、今も、カメラマンという仕事が本当に好きだ、と心から思うことができるのはこうして、いい仲間に恵まれていい仕事ができるからなのだと思う。


もちろん、大沢が端(はな)からよく出来た助手だった訳ではないけれど、でも、この数年、大沢以外の助手が一緒に仕事をしてくれたことももちろんあって、そんな時に思うのはやはり、大沢がいい、ということだった。やりやすさが断然違った。何がどう違うのか説明しろって言われると難しいけれど、たとえばほんの少し商品の向きを変えたいとか、ほんの少しレフ板の角度を変えたいとか、ほんの少し照明の照度やら向きやらを変えたいとか、口で言えば誰でも出来るし、気に入らないなら自分でなんとかすることだってできることを、湖山が口で言う前にやってくれるのは大沢だけだ。もしかしたら湖山が気付いていないことすらあるかもしれない。アシスタントの仕事が好きだ、と言う大沢だけのことはある。

大沢が助手だといいな、あいつはやっぱりさすがだな、と思う事はいいことだ。いつもいつも大沢と組んでいると、その仕事やりやすさは殆ど当たり前になっているから、別の環境でやらなければいけないとき、「大沢よ、ありがとう!」と心から思える。

でも、そういうことは「たまに」でいい。こう立て続けだとイライラするだけだ。

駅からスタジオに向かっている道で、湖山の携帯が鳴った。「オオサワ」という文字がチカチカしていた。

「もしもし?湖山さん?」
「おす。」
「もう着いてます?」
「いや、今歩いてるとこ。」
「こうなるだろうなーと思ってたから吉岡くんにちゃんと引継ぎしてあるけど、もしなんか不手際があったらごめんなさい。」
「何言ってんだよ、大沢くんのせいじゃないでしょ?そっちも仕事なんだから」
「うー・・・まぁ・・・そうなんだけど・・・」

大沢のせいじゃない。会社の都合も色々あるんだし仕方ない。
でも・・・

「大丈夫だよ。こっちは心配要らない。」
苛々した気持ちが、少し強い声になって出た。・・・かもしれない。

「・・・・。」

「どうした?」
「いえ、いや、じゃ、戻ります。」
「おぅ!頑張れよ、そっちも。」
「はい、ありがとうございます。湖山さんも」
「うん。ありがと・・」

歩きなれた経路でスタジオに到着する。古いけれどきちんと磨かれたガラスのドアを開けた時、いつもよりちょっと重いような気がした。どこから風に乗ってきたのだろうかタンポポの綿毛がドアの取っ手に引っかかっていた。
< 11 / 26 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop