いつか、きみに、ホットケーキ
2. 個展、日曜日

「じゃ、火曜日の片付け、俺も行きます。月曜の火曜だと無理かなあ?とにかく希望だけ出してみます。湖山さんがいないんだし、大した仕事は無いと思うから大丈夫だと思うけど。」

モッズコートの前のジッパーを上げてポケットに手を突っ込み、大沢は少し首を傾げて考えた。

「うん、でも、無理しなくていいから。一人でやるつもりだったし・・・。じゃ、行って来るわ・・・。色々、ありがとな。」


手を上げて改札の方に向かう大沢を見送る。湖山はこれから自分の個展のギャラリーに顔を出す予定で、地下鉄のりばの方へ向かっていった。


日曜日の朝のターミナル駅構内は人がまばらで、デートに向かう人か行楽に出かける人たちが優しい華やかさで行き過ぎていく。

準備の時は学生時代の友人に声を掛けて二人手伝いに来てもらった。二人とも今もカメラををやっていて人手が必要な時に湖山も手伝いに行った事があったのでお互い様のような所がある。片付けはそれほど大変じゃないし、自分ひとりでやるつもりだったけれど、大沢が来てくれるならすごく助かるはずだ。本当は準備の時だって「手伝いに行きます」と声を掛けてくれたのを頑なに断ったのだ。もともと大沢に頼むつもりがなかったから旧友に声を掛けていたんだし、大沢には(図らずも)パネルを手伝ってもらって十分助かった。この大掛かりなラブレター大作戦、すべてのことが終わって、今更意地にになることなんか何もない。


地下鉄の車窓は考え事をするのにうってつけだ。でも今日はもう、考えたいことも何もない。ぼんやりとコンクリートの筋が流れているのを見る。時々車内広告を見たりする。そして時々、昨日菅生さんがテーブルの向こう側で自分をまっすぐに見つめた瞳や、珈琲カップを持ち上げた時の表情や、そのハッキリとした口調を思い出したりする。

駅前の小さなケーキ屋はロールケーキが有名な店だけれど、受付で誰もいないときにちょっとつまめる感じのマカロンとクッキーの箱を一人にひとつづつ買う。本屋に隣接したカフェの二階がギャラリーだ。受付をやってくれている女の子に可愛く包装された箱を渡し、改めてお礼を言う。それから他愛も無い話をしながら、訪問者記録ノートを確認してその中のひとつの名前に目を止めた。ギャラリーを見渡すと見覚えのある後姿が、梅林の写真の前に佇んでいる。

「来てくれたんだ。」

数歩後ろから、声を掛ける。
彼女が振り向いた時、湖山が背中にした窓から差し込む光がまぶしかったのか、それとも、懐かしさに目を細めたのだろうか。2年前に水族館で別れた時よりも綺麗になったみたいだ。

「うん。ポストカード、ありがとう。嬉しかった。」

今、何しているの?相変わらずなの?核心だけに触れないで近況報告をする、懐かしさにドキドキしながら、本当は訊きたい一言をお互いに訊かないでいるのだった。
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