いつか、きみに、ホットケーキ
23. ホットケーキの記憶


「大沢くんがさ、真っ黒焦げのホットケーキを作った事があったんだ」
「うん?」
「個展の準備で寝不足が続いて飯とかうまく食えなくて、ぶっ倒れた事があってさ、あん時ってXX社の撮影じゃなかったっけ?あ、違うな。とにかくそん時さ、大沢くんがさ・・・」
「うん」
「大沢が・・・。ずっといてくれてね。夜中にね、俺が寝言でホットケーキを食いたいって言ったんだって。そんでね、あいつさ、真夜中にコンビニまで買いに行ったけど見つけられなくて、ホットケーキミックスを買ってきて作ってくれたらしいんだ。」
「へえ・・・」
「だけど作った事がなかったみたいでさ、焼いてみたら上手く焼けなかったという訳。真っ黒のホットケーキが台所に積んであって。笑ったよなあ・・・」

それは、一年も経っていない、この年の春先の話だ。柔らかい光が入るキッチンで、黒焦げの円盤を見たときの衝撃。白いコンビニのレジ袋を持った大沢が「ホットケーキの成れの果て」と呼んだ黒焦げの円盤。

「・・・・そうなんだ。菅生さんがね、ホットケーキを作ってくれる夢を見たことがあったんだ。」
「私が?」
「そう、菅生さんのこと、屋上で見かけて恋に落ちて、すぐ。なんでホットケーキなんだろうね。多分、おにぎりとかじゃダメなんだよな。おにぎりとかだと腹を満たす為のものでしょ?ホットケーキは、違う。心を満たしてくれるもの。そういうものを手づくりしてもらう、家族ではない、誰かにね、そういうことだったのかな。」

そうか、そういうことだったのだ。いつも菅生さんに話していると、自分と問答をしているような気がする。そうだ、そういうことだったんだ、と思う。

「そんで個展があって、菅生さんに振られて、もう呑んでやる~~~~って呑んで・・・」

「その節はどうも」といって菅生さんは笑う。

「どうもどうも!!一応ショックだったんだよ。一応本気だったからさ。」
「うんうん。ありがとうね。」
「でもスッキリしたんだ。本当に。モヤモヤしてたから。好きな気持ちがこう、心の中にモヤモヤしてたから。」
「モヤモヤ、ねえ・・・。」
「あんときも、大沢くんがずっといてくれて。朝、ホットケーキを食いたいって言ったら、ホットケーキ、作ってくれたんだ・・・。」
「黒焦げの?」
「いいや。いや・・・そんときは・・・」

   『ほら、出来た』
   『美味いな・・・』
   『まあね』
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