いつか、きみに、ホットケーキ
25. いつかきみにホットケーキ

運ばれてきたばかりのセットデザートのパンナコッタがふるふると揺れている。湖山の心もまた、揺れていた。

大切にすることの意味が分からなかった恋があった。時を重ねることで繋いできた恋があった。いつも自分の夢ばかりが彼を駆り立てて、自分のすべてをそこに費やして生きてきた、この人生の半分以上も。そうやって、きっと数えたら失ったものの方が多いくらいだけれど、今こうして、自分らしくいられるなら、それでいい。

自分らしくいることを守り続けたいと思う、そのことを教えてくれた人。
自分らしくいたい自分を、支え続けてくれた人。
そしてこんな自分を支え続けることが夢だと、そう言ってくれた人。


   『混ぜて焼いて終わりなんて、そんな簡単な訳がない。そうなるには、色々あるんですよね。だから、美味いんですよ、ホットケーキって』


いま、大沢に会えたら、伝えたいことが沢山ある。言葉にならない、いくつものいくつもの想い。これまでの自分とこれからの自分とが混ざり合っていまはまだ上手く焼く事ができないけれど、いつか上手に焼く事ができたら、大沢に食べさせてやることができるだろうか。あの時、彼のホットケーキに救われたように、自分の焼いたホットケーキが、彼を優しく癒す日が来るだろうか?

せめて、大沢は特別だった、と一言言えたなら、と思う。彼が永遠に誰かを守り続けると誓うのだとしても、湖山にとっての大沢がそこにいてくれることが何よりもありがたかった。人はこの道の先へ進んで行かなければならないけれど、いつまでもそのままに、失いたくないものがある。湖山にとってそのひとつが大沢なのだと、湖山はいまならはっきりと分かる。

「ナンテコッタ」
今日の菅生さんは有名な画家が描いたマリア様のようだ。
「気付いたか、愚か者めが。」
下世話なマリアがスプーンをくわえて微笑んでいる。
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