真夜中に口笛が聞こえる
◇プロローグ
 ──事件から二年後。


「うう、うあああ……」

 男の叫び声が上がる。

 明るいキッチンにダイニングテーブル。

 妻がいて、娘がいる。
 ありきたりの家庭。そして、どこにでもある夕食でのヒトコマだった。

 ある事件をキッカケに左腕を失った父親が、食事中に苦しみ出した。

「どうしたの!」

 回り込んで、妻が背中を擦る。

 口元を押さえ、男は頬を膨らませ、苦しんでいる。

「ぐえっ」

 声と共に、緑色の塊が食卓に吐き出された。

「なんだ、これは……」

 白い皿にべったりと付いた異物に、身が悶える。

 海藻を擦り潰して作ったガムのような物体。

 この色に、男は見覚えがある。


「薬、早く飲んで!」

 妻が慌ただしく戸棚から取り出す。

 袋を逆さまにすると、何種類もの錠剤が落ちた。

 男はそれらを掻き集め、次々に開封しては、口の中に放り込む。

 妻から差し出された水の入ったコップを掴むと、一気に飲み干した。

 そこでようやく、男は一息付くことが出来た。


「ねえ。薬、飲んでなかったの?」

「なんなんだよ。一体、どうなってるんだ?」

 薬の残骸を、忌々しく眺める。右手で新聞の上からテーブルを、バンと叩く。

「本当にどうなってしまうんだ、この先……」

 男は頭を抱えている。

 妻が寄り添う。


 娘は席を立つこともなく、その様子をじっと見ていた。


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