真夜中に口笛が聞こえる
◇第十章 対決
 時折、強い風が吹く中、学校帰りの美佳の前に、大きな影が立ちはだかった。

 その影の中にすっぽりと覆われてしまう美佳。

 小さくしゃがんだ時に、赤いランドセルに付けた三毛猫のマスコットが、地面に触れて横たわる。

「お母さん……」

 恐怖で美佳の声がかすれる。

 土で汚れた熊手が、頬の側をかすめていた。





「美佳が帰ってこないの」

 信一郎が全ての草を刈り終えて戻って来ると、美咲が玄関先に出てきて、堰を切ったように訴えた。

「もう学校が終わる時間か……」

 草を刈ることに集中していて、何時なのか忘れていたようである。

 信一郎は植物の放つ液体で、血だらけのようになっていた。

「どこかで道草でもしてるんじゃないか」

「信ちゃんの時代とは違うのよ」

「どういう意味?」

 自分を引き合いに出された信一郎は、顧みることもなくつっかかった。

「……とにかく、そんな子じゃないわ。それに、さっきテレビで見たけど、台風が速度を上げて迫っているらしいの」

「そんなに近いのか? 学校には連絡したのか?」

「学校はもう帰ったって。お巡りさんにも、相談してみるわ」

「わかった。僕は着替えてから、ちょっと周りを見てくるよ」

 洗面所で体に付着した植物の液体を洗い流し、急いで服を着替える。着ていた服も体を拭ったタオルも、真っ赤に染まった。

 信一郎は早速、造成中の地区を歩いた。

 何も変わらない。美佳の姿はどこにもない。

 白河の家の近くまで歩いて、急に嫌な気分になった。

 無性に気になる。

 白河とは昨晩の事もある。ひょっとしたら、白河が関係していないか?

 白河と顔を合わせたくはなかったが、この際、そうも言っていられない。


 同じころ、美咲が連絡をした事で、お巡りさんが自転車に乗って付近を捜索していた。

 佐野だった。

 白河の家に向かう人物を遠くから見付ける。佐野は声を出し、手を振った。
 中を伺おうとしている信一郎の背中だった。風の音に遮られ、信一郎は気付かない。
< 65 / 96 >

この作品をシェア

pagetop