惚れられても応えられねーんだよ

「あらぁ、わざわざ来てくれたの? ありがとう。早くからできてたんだけど、渡すタイミングがなくって」

「僕が届けに行きますって言ったんだけど、姉が直接渡したいと言うものですから……」

 自宅にいた和也と姉の妙(たえ)は座敷でお茶を出しながら笑顔で出迎えてくれる。

 この雰囲気の中にいるだけで、とても幸せな気分になれるから不思議だ。

「はいこれ、前のワンピースの布が余ってたから」

 妙が出してくれたのは、花柄の布でできたリボンであった。髪を結うゴムに縫い付けられており、とても使いやすそうだ。

 手触りもとてもいい。今までは、髪の毛を結うにも飾りっ気のないゴムしかなく、邪魔な時は時々輪ゴムでも結っていた。それが、こんな可愛いリボンもつけてくれている……。

「……ありがとう、ございます……」

 しかも、昔、こういう物を持っていた気がする……。

 先生に会うずっと前に買って、よく使っていたリボンにとても、似ている……。

 あれ……先生??

「……雪乃さん……。泣くほど嬉しいの?」

 私は、喉の痛みを堪えて、雅の問いに深く頷いた。

「……男社会の中にいるとオシャレを忘れがちだものね、やっぱり女の子にはそういう物が必要よ。いつもあんなむさくるしい大男達に囲まれて、自分が女だってことを忘れちゃうわよね」

「なんだ、そんな物が欲しかったんですか? 言えばいつだって買ってやるのに」

 岬のそっけない言葉に、宗司朗は、

「お前ねェ。そんななんでもかんでも買ってやってりゃ、今は髪留めの一つで済んでても、後でゼロ何個使ったか分かんないくらい、欲しがられるよ? 控えめくらいがちょーどいんだよ。控えめの、白い綿パンにレースついてるくらいが丁度いんだよ。シルクやなんやになると、ちょっと……」

 妙が宗司朗の頭をゴンと殴る。だが、私もそれに同感だった。

「ところでお2人は、付き合ってるの?」

 妙はすっきりしたのか、笑顔で聞いてくる。

「えっ、あっ、いえっそん……」

 な、と否定する前に岬が口を開いた。

「決まってますよ。でなきゃ……」

 岬に手を取られる。

 私は、和也を始め、妙が目を真ん丸にするのに耐えられず顔を伏せた。

「手ェなんて、繋ぎますか?」

 この冗談をどう返せばいいのか、最大限悩んだが、私の顔はかなり紅潮していて顔を上げることもできない。

これでは本当に付き合っていると勘違いされてしまう!!

 だがそれに反して大人共は冷静に、

「君も見栄っ張りだねぇ。 振られてるの見え見えなのに」

 えっと、別にフッたわけじゃ……。

「なんだ、もう振られてたんだ」

「雅。順序はこうだ。童貞→喪失→なんか物足りない→捨てられる」

「どこが捨てられてるんだよ!! 手ぇ繋いでるっつってんだろーが!!!」

 岬は手をつないだまま、テーブルに片足を乗せて叫んだ。

「ちょっと岬さん、振られた腹いせにうちのテーブルに足かけるの、止めてもらえません?」

 妙は笑顔だが、怒っているのが声で分かる。

「まあまあ岬さん、落ち着きましょうよ。彼女が幻だったとしても、それはそれでいいじゃないですか」

 和也は不気味に笑顔だ。

「そうだぞ、総悟。男は振られてなんぼだ。振られるために生きているようなものなんだぞ」

 突然中庭の方から声がしたと思ったら、中島が出て来る。

 私は驚いて短い悲鳴を上げた。

「またあなたうちの庭に勝手に入ったんですか!? いい加減ストーカーやめてください!」

 妙が立ち上がり、指を差したせいで、辺りが一気に乱れる。

 それでも中島は縁側に上がり込み、近くにあった座布団を取り出し、平静を装って座りながら

「総悟、つまり男とは……こういうことだ」

 親指を立てて笑顔で乗り切るが、宗司朗は

「んなわけねーじゃねーか!! 男がみんなストーカーなら警察いらねーんだよ!!

んでどうなのよ!? 岬君の感想は?」

 宗司朗は平たい目をこちらに向けながら、マイクのつもりでグーの手を私の口元に差し出してくる。

「いやっえっ??」

「付き合っちゃいねーのは大人なら誰でも分かるよ。手ぇつないでるから付き合ってるなんざぁ、子供の見栄の張り合いだぜ。どうせあれだよ?

 君の上司に君の知らないところで、あーんなことやこーんなことを教え込んでるに決まってるよ、そういうもんだよ、大人の世界は」

「なっ!! 俺が彰にパンティの履き方を教わっていることが何故分かった!!??」

 中島は1人大げさにショックを受ける。

「あんた何やってんですか! 部下にパンティの履き方教わるって一体どんな仕事してるんですか!? それでも局長なんですか?! あんたそれでも警察なんですか!!?」

 和也の渾身の突っ込みに、

「和ちゃん、こんな人とかかわっちゃダメよ? どんどん人間から退化して、行く末はただのゴミになってしまうんだから」

 妙は真剣に中島を排除しようとする。

「チゲーよ!! 何でゴミが話に混ざってくんだよ!! もう1人いるだろーが、肝心のニコチン君が。ニコチン君がその子を調教してるに決まってんだろーが」

 宗司朗はイライラしながら、話を元に戻す。

「あのニコチン、雪乃さんの着物を着せるのが趣味みたいよ」

 雅は中島に簡単に説明する。

「えっ!? 彰にそんな趣味が!? 彰はランドセルを背負わせるのが趣味だと思っていたが……」

「あいつそんな趣味も持ってるの? まあとにかく、お姉さんは、ニコチンに惑わされてるとみた!!」 

 あまりに図星の私は、宗司朗の得意満面からすぐに目を逸らした。

 それに反して岬は、

「誰があんなニコチンなんかに……」

「だって自分の秘書にしたがるなんて、どう考えても大人の都合だろ」

 宗司朗は更に続けるが。

「あぁ、秘書にしたらどうだって提案したのは俺だよ。彰は総悟が目の敵にするから嫌だと言ったが、最近仕事の量が半端なくてな」

 中島は真剣に頷いてみせたが、和也はそこを見逃さなかった。

「あんたが毎日うちうろついてるからでしょーが!! ちょっとは仕事しろやこのゴミ!!」

 和也の突っ込みに、中島は若干心を打たれたようだ。

「何であいつの秘書なんかに……」

 岬に掴まれている手が、少し痛い。

 溜息をつきながら、宗司朗は俯く岬をじっと見た。

 わいわいがやがやの中で、岬は暗い顔をしたまま、立ち上がる。もちろん手はまだ、繋いだままだ。同時に、私も膝立ちになる。

「雪乃、俺に着いて来な。後悔はさせねぇ」

「えっ、とっ……」

 そのまま、ぐいぐい引っ張られてしまう。

「あっ、あのっ、すみません!! ごちそうさまでした!! ありがこうございました!!」

 私はそれだけなんとか言うと、つまづかないように、岬の後ろに小走りで続いた。
 
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