夜香花
「何をやってる。殺らねば殺られるぜ」

 真砂の声に、梁の上の深成が、びく、と身体を強張らせた。
 深成は先の一瞬のうちに、梁の上に飛び乗っていたのだ。

 それにしても、と、真砂は前できょろきょろしている羽月を見た。
 深成がどこに行ったのか、いまだに気づかないらしい。
 油断なく刀を構えているが、真砂からしたら隙だらけだ。

 そもそも深成は、頭上にいる。
 それに気づかねば、思いきり脳天の急所ががら空きなのだ。
 乱破としては、致命的である。

 だが深成は、梁の上でじっとしている。
 真砂が深成の立場であれば、この機会を逃すことはしない。
 己が相手の急所を狙える位置にいるなら、躊躇いなく襲うだろう。

 何を躊躇っているのだろう、と、真砂は深成を見上げた。
 深成はじっと、息を潜めている。
 羽月はまだ、深成を見つけられない。

 やれやれ、と、真砂は手を伸ばし、落ちていた苦無を取り上げた。

「おい」

 真砂の声に振り向いた羽月に、苦無を投げつける。

「うわっ」

 慌てた羽月は、辛くも苦無を避けたが、頬に赤い線が付いた。

「よくもそれで、護衛などとほざけるもんだな」

 真砂の冷たい視線に、羽月は固まった。
 頬を、一筋血が流れる。

「声をかけてから投げられた苦無も、ろくに避けられないような奴はいらん」

 立ち上がりながら、しっしっと手を振る真砂に、羽月は何か言おうと口を開いた。
 が、言葉は出て来ない。

 しばらくじっと唇を噛みしめて真砂を見つめていたが、ちらりと再び羽月を見た真砂と目が合うと、びくりと身体を震わせた。
 そして、がばっと頭を下げると、一足飛びに飛び出して行った。
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