夜香花
「ああああ……。わらわとしたことが、何という失態……」

 女子ともあろうものが、煤と鼻血と泥でぐちゃぐちゃの姿を晒すとは。
 頭を抱える深成の肩を、捨吉がぽんと叩いた。

「まぁまぁ、良かったじゃないか。これがそこそこの年齢で、小綺麗な格好なんかしてた日にゃ、あっという間に襲われてるぜ」

 そして、じ、と深成を見ると、不意に懐から出した小さな入れ物から、何か黒い粉末を手に取り、屈んで地面に擦りつけた。
 そしてその手を、いきなり深成の頬に擦りつける。

「うにゃっ! な、何すんだよぅ」

「ちょっと我慢しなって。別に悪いモンじゃないから」

 ひとしきり深成の顔を撫でた捨吉は、手を離して一つ頷いた。

「これでよし。お前は意外に造りが悪くないから、汚しておいたほうが安全だ」

 薄い煤と砂で微妙に汚れた顔できょとんとする深成に言い、捨吉はさらに、露わになっている深成の腕や手、足を軽く汚した。

「うん、みすぼらしい」

 満足そうに言う捨吉に、深成は少し不満げな顔を向けた。
 だが決して褒め言葉でなくても、真砂のような小憎たらしさはない。

「そうそう。お前はなかなか身が軽いみたいだな。とんぼとか、切れる?」

 ぼんやりと、目の前の捨吉と真砂を比べていた深成は、はっと我に返ると、軽く頷き、とん、と地を蹴った。
 くるりとそのまま、とんぼを切る。

「よし。じゃ、これを持って。この道中は、俺たちは兄妹の道化師だ」

 ひょい、と手を取り、捨吉は深成を引っ張って、山を降りていった。
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