夜香花
「この辺りにはおらんよ。昔はもっと、西の山の奥のほうにおった故、確かに里の外では、たまに姿は見かけたな」

 ほっと息をついた深成に少し笑い、長老は話を続ける。

「このまま捨て置けば、間違いなく娘は狼の餌食になる。どうせ人買いに買われた娘だ。がりがりに痩せて貧相だし、どこかの貧農が手放したのだろうと、御影は狼から娘を救うと、そのまま里へ連れてきたのじゃ」

「え、いいの? 忍びの里は、部外者立ち入り禁止でしょ?」

 そういう深成も部外者なのだが。
 自分のことは棚に上げ、深成は声を上げた。

「基本的にはな。でも、子が少なくなれば、やむを得ない。一党が絶えてしまうからの。そういう場合は、浮浪児などを引き取るんじゃ。そうやって、娘は我らの一党に入った」

「そっかぁ。そういう場合は、しょうがないかもね」

「したが、やはり部外者を党に入れるには、細心の注意を払わねばならん。あのときは娘のナリの貧相さと、御影の説得で、それを疎かにしてしまったんじゃな」

 長老の言葉に、苦いものが含まれる。

「草だったのじゃ」

 当時を思い出し、長老の眉間に皺が寄る。
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