夜香花
「そこが草の恐ろしいところなんじゃよ。平気で十年単位の計画を立てる。そしてそれを実行する」

「……そんなに長く、しかもすぐ近くにいたら、それこそ情が移ってしまわないのかな」

 先の例えの通りの作戦ならば、敵は子まで成した相手だ。
 そんな相手を計画通りとはいえ、いざ刻が来たからといって、簡単に裏切れるものか。

 深成はころりと転がって、頭を抱えて丸まった。
 多分、自分には無理だ。

「だから難しいのじゃ。草は諸刃の剣よ。成功すれば、かなりの痛手を相手に受けさせられるが、失敗する率が非情に高い。……頭領の父親は、御影(みかげ)といった」

 不意に、長老が話題を変えた。

「昔から、心根の優しい少年じゃった。まだ、そうじゃな、お前さんぐらいのときか、もっと小さいときに、稽古の途中で沢に落ちたんじゃ」

 何故また真砂の昔話などするのだろう、と思いつつ、深成は大人しく耳を傾けた。
 随分夜も更けた。
 そろそろ眠くなってきたな、などと思いつつ、欠伸を噛み殺す。

「そして、そこで娘と出会った。呆けたような娘の傍には、人買いらしき大人が一人、切り刻まれて死んでいた。まだ年端もいかない娘が、忍びの里の近くのような山奥で、たった一人になっておったわけじゃ。さらに死体の血の臭いを嗅ぎつけて、狼が娘を狙っていた」

「狼? この辺、狼がいるのっ?」

 瞬間的に目が覚め、深成は身体ごと、くるりと長老のほうへ向いて言った。
 長老は少しだけ口角を上げ、いいや、と小さく答えた。
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