夜香花
 思いっきり顔をしかめて、真砂が言う。
 いきなり機嫌の悪さ全開な真砂に、少しびびった深成だったが、単なる寝起きの悪さだろうと、大して気にもしない。

「秋鮭がさぁ、登ってくるかも。そろそろ時期なんだよぅ。思い出したんだけど、そうそう、これぐらいのときに、鮭捕って食べたことある。美味しいんだよぅ」

 ついでに身体も洗いたい、と言う深成に、真砂は胡乱な目を向けた。
 今まで他人の前で眠ったことのない真砂が、あろうことか、こんな能天気な子供の前で熟睡するとは。
 自分は一体どうしてしまったのか、と、真砂は本気で心配になる。

「川ぐらい、勝手に行きゃいいだろ」

 邪険に袖を払う真砂だが、深成は、ぷぅっと膨れた。

「だって鮭って、でっかいんだもんっ。暴れるしさぁ、わらわの力じゃ捕まえられない」

「知ったことかよ」

「もぉっ。一旦食べたくなったら、どうしても食べたいのっ! 真砂、鮭食べたことないんじゃないの? 美味しいんだからっ」

 再び袖を掴んできゃんきゃんと言う深成にげんなりしながらも、真砂は立ち上がった。
 刀と、少し考えて、苦無の入った袋も掴む。
 そして、戸口に向かった。

 深成が、いかにも嬉しそうに、いそいそとついてくる。
 別に真砂は、深成の希望に添ったわけではない。
 自分も身体を洗いたかっただけだ。
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