夜香花
「そうですね……。五助殿に預けられたときも、まだ於市様は僅かに五つ。殿のことも、覚えておられなくても無理はありますまい。あなた様は、真田信繁様の第二子。母君はご正室ではありませぬが、ご正室様は、あなた様も姉君も、ご自分の娘のように可愛がっておられました」

「え、深成、姉がいるのか」

 捨吉が驚いたように言う。
 が、深成は首を傾げた。
 記憶にはない。

「姉がいるのに、何で深成だけが、こんな特殊な生い立ちなんだ?」

 捨吉の言葉に、六郎は長老を見た。
 どこまで話したもんか、と思案しているようだ。

「我らは特に主を持たぬ乱破の群れじゃ。今後も特に、どこに仕える気もない。従って、知り得た情報をどこかに流すこともない。上がおらぬのじゃから、何を知ったところで利にはならぬ」

「掴んだ情報如何によっては、その情報を売れば利になることもあろう」

 疑いの眼差しを向ける六郎に、長老ではなく真砂が、馬鹿にしたように笑った。

「お前はずっと真田の子飼いだから知らんようだが、いくら有益な情報を流したところで、聞いたこともない乱破がいきなりもたらした情報など、誰が信用するものか。俺たちは見も知らぬどこぞの人物から、成すことの指令を受けるだけ。指令を確実にこなせば、またどこぞの誰かから報酬が支払われる。それだけの存在だ」

 短い真砂の説明に、六郎は驚いた顔をした。
< 468 / 544 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop