夜香花
 それから利世は、深成の部屋を訪ねては、里の話を聞きたがった。
 深成の部屋に来るのは、婚礼の準備がいろいろとあるから、とのことだったが、実際持ってきた反物や簪の類は早々に横に追いやられ、大部分は利世と深成の雑談に終始した。

「それでね、わらわはやっとのことで、鮎を捕ることが出来たの。難しかったけど、一回コツを掴んだら、案外簡単でした。こう、エラのところを狙ってね……」

 座ったままだが、身振り手振りで説明する深成は、少し前とは打って変わって生き生きとしている。

「まぁ、お魚を素手で捕るなんてことが出来るの?」

「ええ。そりゃ初めはわらわも、びっくりしました。でも、頭領に出来るんだったら、わらわにも出来るんじゃないかって。いくら凄い人でも、同じ人間なんだから」

「おほほ。そう思うお前も、なかなか凄いわね。だってその頭領って、もう大人なのでしょ? 体格だって力だって違うじゃない」

「そうですけど。でも頭領が片手で事も無げに捕るから、そんな力はいらないだろうし。頭領、自分が捕れるからって、わらわの分まで捕ってくれるような人じゃないし。それに何より、悔しくて」

「於市は負けず嫌いねぇ」

 ころころと笑う利世に、深成は、ぷぅっと頬を膨らます。
 随分大人っぽくなったとはいえ、まだ十四だ。
 まだどこか、幼さが残る。

「それにしても、よく無事でいられたわね。忍びの里に入り込んで、頭領に斬り付けるなんて、即座に殺されても文句言えないでしょうに」

「でも、散々な目に遭いましたよ。ほんとに、今生きてるのが不思議なぐらい」

「そうね。でも乱破にも、優しい者がいるのねぇ」

「ええ。あんちゃんとか、ほんとに優しかった」

 にこにこと、深成が言う。
 そんな深成を、回廊に控えた六郎は、意味ありげな目で、じっと見つめた。
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