夜香花
「母上……」

「小十郎殿も、素晴らしい殿方ですよ。この殿が、これと思った若者ですからね。もちろんこのまま、小十郎殿に嫁ぐも良し、他の道を選んで……飛び立つも良し」

 最後は少し悲しそうに、利世が言う。
 今ひとつ何が言いたいのかわからず、深成は困った顔をした。

 他の道とは何のことか。
 心が本当に求めているものとは……?

 それを考えようとすると、ぎゅ、と胸が痛くなる。
 開けてはいけない心の扉をこじ開けそうになり、深成は慌てて頭を振った。

「そ、そんな……。わらわは、他の道など望んでおりません。父上のお役に立てるのであれば、何の不満も……」

「……於市、辛そうよ」

 深成の言葉に被る勢いで、利世はきっぱりと言う。
 何故か泣き出しそうになった深成に、横から信繁が優しく手を伸ばし、その大きな手を深成の頭に載せた。

「野生のものを捕らえてしまえば、そのものは徐々に弱って死んでしまう。於市や、お前はそういうものなのかもしれぬ。忍びらと、のびのび育っていた、あの元気さが嘘のようじゃ。大人になったというだけではあるまい。何か、もっと大きな出来事が、ここに来る前にあったのじゃろ。それが、於市の何より大事なものではないか?」

 そう言って立ち上がりながら、信繁は柔らかく微笑む。
 そして、利世を伴って下がっていった。
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