夜香花
終章
 人も滅多に訪れないような山奥に、一軒の大きな屋敷がある。
 その一番南の奥の小さな庭で、幼い子供が竹とんぼで遊んでいる。

「ねぇ母様。父様はまだお帰りにならないの?」

 竹とんぼを追いかけながら、幼子が言う。

「そうね、今度の戦は、ちょっと大きいから。でもきっと、無事に戻って来られますよ。父様は片腕でも、お強いでしょう?」

 縁側に座って幼子を見ていた深成が、柔らかく微笑みながら言った。

「うん! この前ね、父様に苦無をいただいたの。ちょっと大きいんだけど、帰って来たら、投げ方教えてくださるって!」

 にこにこと元気良く言い、落ちてきた竹とんぼを掴んだ幼子は、縁側に駆け寄って、深成の横にぴょこんと飛び乗った。
 そして、深成の腕の中を見る。
 そこには、すやすやと眠る赤子。

「よっく寝てる。ていうか、折角妹が出来たのに、ずっと寝てるじゃないですか」

「そりゃあ、まだまだ歩けもしないのよ。お前だって、つい最近まで、こんなだったのですからね」

「そんなの、覚えてませんもん〜」

 ぷん、と口を尖らせ、幼子はまた庭に降りると、そこにそびえる一本の木に登り出した。
 幼子にしては速い速度で、かなりの高さから、ひょいと顔を出すと、遠くを見る。

「父様、どの辺りかなぁ」

 きょろきょろと首を巡らしながら呟く。
 そんな子供を、深成は微笑ましく眺めた。

---昔はこんなこと、ほんとに考えもしなかった。真砂が家族を持つなんて、似合わないって笑ってたな。持ってみると、自然なものだね---

 ふふふ、と笑みがこぼれる。
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