巡り巡る命
最初の夜
 大体私は結婚する気などなかったのだ。
 と、言うより出来ないものだと思っていた。
 私の職業は娼婦だったから。
 男達に人気はあった。
 娼館の『お母さん』も私が一番客を取ると言って何度も何度も褒めてくれた。
 実際休む間もないほど沢山の男達を受け入れていて、私は酷く疲れていた。
 でも。
 戦争が始まって娼婦という娼婦は皆忙しくなった。
 今までなら一日一人客が取れるか否かという女まで男にあぶれることはなくなったのだから私達娼婦にとっては戦争様々だったけれど。
 でもその反面、馴染みが死んで泣いている妓もいた。
 
 何もかもにも裏表があるのだと思っていた矢先、私はシュンに出会ったのだった。
 
 シュンは最初友人たちに無理やり連れてこられたのだという。天涯孤独のシュンは金だけは持っていて払いを持ってくれるからだというのは後から彼の友人についた妓に聞いた話。
 私はこの娼館では一番高い娼婦だった。
 だからシュンについた。
 シュンが部屋に入ってきた日の事を私は決して忘れないだろう。
 だって彼、阿呆みたいな顔をしていたのだもの。鳶色の髪に榛色の目。容姿端麗眉目秀麗などという言葉があるが、それはまさしく彼の為にあるような言葉なのにその表情があまりに間抜けで、其の所為でシュンの事は一気に脳裏に刷り込まれた。
 私は彼とはその日、寝なかった。
 娼婦としてのプライドは、彼が私の体を求めてこない事で少々傷ついたが、一人の女『リーナ』にとってはとても嬉しい事だった。
 阿呆のような表情はすぐに引っ込み、シュンは扉を閉じた。
 そして私の顔に触れて言ったのだ。
「今晩はもう客を取らなくていい」
 最初その言葉の意味が解らなかった。だがシュンは続けた。
「今晩は僕が買い上げる。だから化粧を落として眠りなさい。化粧でもその隈は消し切れていないよ」
「眠りなさいって旦那様、それでは何の為に私をお買いになったんです?」
 私の質問にシュンは笑った。
 その時、私はシュンに恋をしたのだ。
 殊もあろうに娼婦が客に一目惚れなど、笑えない話だ。だがその陳腐な事実が真実なのだ。
 いけない、リーナ。その人は普通の人。
 娼婦の恋など実らない。
「悪友どもに連れてこられたんだが、その広いベッドは良いね。隣で寝ても構わないかい? 最近眠れなくてね。疲れているのに」
 シュンはそういうと私の手をとった。
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